バルバワ

イニシェリン島の精霊のバルバワのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.3
ら)今回も隠れシネシタンです!バレるごとに指は切りませんが、自腹を切って何かしら奢ることにはなりそうです。

いやぁ、わーけわからんが好きッ!

あらすじはおっさん達が絶交した!…的な感じです。

【マヌケを描かせたら随一】
私はマーティン・マクドナー監督のマヌケ男の描き方がとてもツボでして、今作はコリン・ファレル演じる動物大好きパードリックは素晴らしかった!彼の珍妙な言動や行動には劇場からも笑い声が漏れておりました。
もう、名前からして"パー"が付いてますからね!抜かりなしッ!

個人的なパードリックの迷言は「悲劇的な本を読むと悲しくなるじゃないか」

迷行動は…切り落とされたアレをとりあえず靴箱に入れる

です。

基本的に考えることが苦手な彼は親友のコルムに絶交されたことにより「どうして?」「どうすれば仲直りできる?」「どういうつもりなのか?」と慣れない頭の使い方をするものですから、やることなすこと全て空回るパードリック。その様が微笑ましくも痛々しい。しかも、この空回りや痛々しさは身に覚えがあるというのも始末が悪い!私も困るとハの字眉毛になるし。

あとベッドでメソメソ泣いていると飼っている動物が心配そうに覗きにくるとか…のび太みたいだな!とにかくマーティン・マクドナー監督のマヌケ男演出を今回も存分に堪能致しました。

【余白があるゥ】
鑑賞中「どういうことだってばよ?」と小首を傾げる事がとにかく多かった今作。例えばパードリックの妹を見送ったもう一人は誰だったのか、あの人物は本当に足を滑らせて川に落ちたのか、とか鑑賞後も悶々と毎日を過ごしておりました。

シザーフィンガーことコルムが何故、パードリックと絶交することにしたのかは作中彼の口からハッキリと語られてはいるのですが、そこにも考える余白があり個人的には…

○コルムにとっては絶交は人生のエッセンス説
○この島で唯一荒んでいない良いやつパードリックを自立させ、なんなら島の外に送り出す為説
○バイオリニストとしてうだつの上がらない自分に踏ん切りをつけたくてパードリックに絶交を持ちかけた説

…とかとか今も色々考えている次第です。

まあ、実人生に置き換え考えてみると単に本当にパードリックが嫌になっただけということもありますよね。そう考えると作中でも触れられている通り、舞台となるアイルランドは内戦の背景ももともと同胞だった者同士が分かり合えなくなり大きな衝突に繋がるという構図がそのままコルムとパードリックの関係性に置き換えることが出来る気がしました。


【別れたてか!】
コルムがパードリックから一方的に距離を置き二人の関係は悪化の一途を辿るのですが、そうはいっても互いが気になるようで、パードリックはコルムの新しい友達にヤキモチを焼いたり、彼に不必要に絡んだりします。コルムもコルムで突き放しておけば良いのに妙に気遣ったり優しくしたりするからますますパードリックは勘違いし空回るのです。

ここだけ切り取ってみると恋愛映画のように思えますね。

しかし、恋愛映画のように彼らの内面を深掘りするような描写を観せることで、彼らが多くを感じ、傷ついたり喜んだりする我々と変わらない人間だと感じることができますし、活き活きとした姿がこの物語の登場人物に共感し人物を多面的に観れたりもします。

こういう人物の内面を様々な角度から観せる演出は本当に上手いですなー、マクドナー。

【精霊は…お前だァァァァァ!】
作中、コルムが直前に死が近い人がいる家にそれを伝えるとイニシェリン島の精霊について「奴らは死を楽しんでいる」と話していたのですが、作中明らかにそれっぽい人物は出てきます。

しかし、個人的に死を娯楽として楽しんでいるという面だけ取ってみると人間もそう変わらない気がしております。私だって現実世界で誰かの死を楽しんでいるということ無いにしても、それこそ映画に於いては登場人物の死を楽しんでいると言っても過言ありません。
『将軍家光の乱心 激突』で爆発四散する織田裕二に大笑いしたり、『コマンドー』でアーノルド・シュワルツェネッガーが敵を捨て台詞を吐きながら殺していく様を手を叩いて喜んでいますもの。

イニシェリン島の精霊というのは他者に対しての寄り添いの欠如の象徴であり、それは我々の心に居るものなのだと思います。


【最後に】
村の人々が保守的で感じの悪くて最悪とか、鼻つまみ者ドミニクを演じたバリー・コーガンはやはり厄介なキャラを演じさせればピカイチだとか、かなり嫌な魅力(褒めてます)に溢れておりました。
そして、パードリックの妹のシボーンさんが今作の唯一まともな人で彼女も彼女なりの苦悩を抱えており、なんとか幸せになって欲しいた願って止まなかったです。

鑑賞後はスッキリする映画ではありませんが、作品内の余白の部分やわからない部分をふと考えることが多くなりそうです。

わけわからないですが登場人物が良くも悪くも目が離せないので退屈することはなくむしろどこに連れて行かれるかわからないというそんな素敵な映画でした。
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