あおき

ラーゲリより愛を込めてのあおきのレビュー・感想・評価

ラーゲリより愛を込めて(2022年製作の映画)
4.0
「何も無くてもそこには絶対希望があるんです!」…って叫ぶニノを映画館の予告で観なかった人はいないんじゃないだろうか。

わたくし、感性が終わっているので正直、予告の段階で「お涙頂戴映画ですねハイハイ」と疑っていた。希死念慮を「それでも希望はある」と否定できるロジックを提示できるのか?ニノよおぉ?とめちゃ喧嘩腰で鑑賞。
そしたら思いのほか優等生な作品だったじゃないの…!大衆向け邦画の進歩を感じれて良かったです。

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***伝記モノだからネタバレもクソもないかもだが、ネタバレあり***









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映画を通して感じられるのは、主人公・山本幡男の異常なほどの生への執着。彼にとっての希望は家族との再会だが、家族や故郷を失った捕虜達にも「希望はある」と訴えかける。生きる意味がなくてもまず生きるべき…それは正しい。が、本作ではそれを単なる根性論から多少昇華させていたのが巧かった。

色々なことが起こりすぎるのでスルーされ兼ねんが、この映画ではたびたび空を仰ぐ描写がある。ケンティー(役名忘れた)がクロ(犬)を抱き上げ「ここでも青空が見えるんだな」的なことを言って空を仰ぎ、山本の顔にフォーカスされる。

ラストシーン、冒頭の妹の結婚式の場面に戻って「この日常の幸せを忘れるな。家族が集まれること。美味しいご飯があること。そしてこの満洲の青空…」という山本の言葉で映画が締められる。

澄み切った空が広がっていること。それは人類みんなに平等に与えられた日常の幸福であり、どこの国でも、どんな時代でもその幸福を失う人間は居ない。
「いまを生きる意味」を失ってしまっても、美しい空が我々を平和だった日々の記憶に引き戻し「生きる希望」を与える。

そういう意味での「(生きる意味が)何も無くてもそこには絶対希望があるんです!」なんだな、なるほどな〜と腑に落ちた。

更に言えば「忘れずにいること、それを心に遺すこと」が実際に山本の遺書を届ける手段となってるし、届け人の4名にも生きて還る意味と力を与えた。ほら!やはり、過去の幸福を忘れず心に遺すことが今の生きる意味たり得るんだ。

これが根性論の範疇を超えないという見方もあるかもしれないがね!個人的には何もないより遥かに説得力があった気がする。

冒頭のシーンにラストで超絶意味が齎される構成も素晴らしかった。


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また、後半はかなり映画的な描写テクが高まっている印象。

母親を亡くした松田(松坂桃李)が、妻を亡くした相沢(桐谷健太)が、それぞれ山本の母親と妻にメッセージを届けるというクロスオーバーはエモいね。特に、松田が山本の母親に向けた遺書を読むシーンをBGM無しででじっっくり魅せてくれてありがとう…!!!あの演習は優秀すぎる。瞬間風速的には去年の映画体験でも5本の指に入りそうな体験だったよ。

あとケンティーはまさに希望の化身のようだったが、終盤にかけては山本の分身のような存在にもなってゆく。
山本は詩(歌)や俳句を愛したが、それには人類の豊かさの象徴も込められていると感じる。ケンティーは山本から読み書きから俳句までを教わった。過酷な時代だろうと、人類の豊かさを継承することの大切さを感じられる。

歌といえば…ラーゲリに連れていかれる電車の中で歌を口ずさむ山本を見た松田が「頭のおかしい人だ」みたいに形容する。そして度々、確かに苦痛にさらされた山本は歌を歌っている。けど終盤の癌になった山本の治療を求めるストライキのシーンでは皆で歌を歌い、連体を生み、耐えた。そんな松田の変化も山本が愛した「歌」という文明で表されている。
合唱は人類の豊かさと連帯の象徴。歌に縋るというのは信念を燃やす手段であり、それは確かにある種の狂気(熱狂)ともとれる。文明の素晴らしさと、それからエネルギーを得る(山本に限らず)人類の強さがよく表現されてたと思う。

そしてなにより、ほぼ史実の展開を下敷きにしているだろうに、そこにここまでエモーショナルな構造を含ませられているのがすごい。


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て感じで。ぶっちゃけ粗いところも多々見受けられますが!超大衆狙いの映画だっただろうに、脚本と象徴的技巧のうまさにかなり感銘を受けました!褒めたい気持ちが勝ったね!まあみんな、観た方がいいです。




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一方で前半の描写は、つかみなんだからもっと頑張って欲しかった感はある…!

冒頭、主人公一家が空襲に巻き込まれるとシーン。爆風がチープなのは百歩譲って仕方ないとして、山本が全然頑張れば歩いて逃げられそうな負傷で「お前らは先に行け!(フラグ)」みたいに言ってたのでアッ…雑な邦画だったか〜とハードルが超下がった。

…んですけど、そこからすぐ硬直死体とか虐待で心身共に終了してる原さんとか、ドキツめの描写がしっかり挿入されるようになる。見直した!「下げて上げる」みたいのやめてよ〜最初から頑張ってくれよ〜!!ってなった。勿体無い!!

あと途中で射殺されて死んだ捕虜ダチ(捕虜の友達)がいたけど、ああ言う「収容所、死と隣り合わせやんけ」みたいなシーンをもう1,2回入れた方がよかったと思う。後半は「ラーゲリにいること」自体の緊迫感がゆるまってた感がね、ちょっとある。



あとやっぱ北川景子の演技はあんまり好きじゃないですね!!てかなんかもうモジミ周りの演出だけ全体的にクサかったのは何だったんだろ??おもむろに「希望」と黒板に書くとかサムすぎ。ラストの山本家は大丈夫です(キリッ)⇨ウェ〜ン!!!とかも本気で意味不明だった。



あとあと、クロが氷上をガンダッシュしてくるシーンで笑っちゃった。CGが粗いのは仕方ないんだけど、なんか同じCGシーンを2度流用してなかったか?予算出せ!



あとこれは調べてわかったことだが、史実では「俳句=文学の魅力」がかなり重要な要素らしく、ラーゲリで文学関連の集会を開くなどしていたらしい。俳句に関してはケンティーとかモブキャラに説いてるシーンは覚えてるけど、まあ史実よりは小規模にしか書かれてなかった気がする。
まーそれを入れてたら上映時間長すぎるからカットもやむなしか
あおき

あおき