シャチ状球体

プリジョネイロのシャチ状球体のレビュー・感想・評価

プリジョネイロ(2021年製作の映画)
4.7
何と力強いメッセージを放つ映画だろう。

主人公のマテウスとその友達がサンパウロで労働契約を結んだのは、暴力と恐怖政治で労働者たちに非人間的な扱いをするルカ。この映画が強烈なのは、マテウスが徐々に"社会構造"に取り込まれていく点だ。
最初はルカの隙を突いて仲間たちと脱出を目指そうとしていた彼が、資本主義の歯車に組み込まれていく内に経営者側の視点を身に付けていくのである。ナチスドイツのように労働者内に階級を作り、比較的上の階級の者が下の階級の者に虐げられているストレスをぶつける……というものではなく、本作で描かれるのは"人間性を捨てたものが出世する社会構造"だ。ルカの経歴が正にそれを表していて、"自分のために動くことだけがこの社会を生き延びる術"なのである。

劇中に登場する政治家は、自分の子どものために政治家になると話す。見ず知らずの他人を助ける余裕がこのブラジル社会には存在しない。だから、他者を蹴落とすことで自分の命を繋いでいく。果たしてそれが社会と呼べる代物なのかは疑問であるが、少なくとも断言できるのは、"マテウスもルカも含めて、劇中に登場する人物が皆平等に囚人である"ということだけだ。

ルカ役のロドリゴ・サントロの別人と見紛うほど殆ど常軌を逸したリアリティ溢れる迫真の演技によって、この映画は圧倒的に強固な世界観を構築することに成功している。
自由とは、健康で文化的な最低限度の生活の保障があって初めて生まれる概念なのだ。
シャチ状球体

シャチ状球体