ハバネロ錬金術師

鬼滅の刃 無限列車編のハバネロ錬金術師のレビュー・感想・評価

鬼滅の刃 無限列車編(2021年製作のアニメ)
3.3
無限列車編を観るのもこれで3回目よ。炎柱:煉獄杏寿郎の姿もこれで見納め。

見返すたびに強く思うのは、いかんせん煉獄というキャラの掘り下げが足りてないということ。新規カットとやらで補足されるかと期待したけれど無駄でした。

言うことやること成すことが立派でも、その魂の根底にあるものが不透明では…アニメを観る者としては手放しに褒めることは出来ない。深い掘り下げがあればもっと煉獄を好きになれたかもしれないのに…、つくづく勿体ない。

彼の語った考えがその正当性について議論されることはなく、その考えに迎合できる者だけが感激の涙を流し、それ以外の者は「価値基準が違う」と一蹴され置いてきぼりをくらう羽目になる。
「老いること死ぬことも人間の美しさ?」
「弱き者を助けるのは強き者の責務?」
「俺は俺の責務を全うする?」
どのようなプロセスを経てそのような考えに至ったのかが一切語られない。そこが一番大事なはずなのに。
綺麗事を言うのなら…、何をもってその言葉が紡ぎ出されたのか明確にしないと説得力に欠けるの。“正しいからいいでしょ”って甘えは許されないよ。

彼の核に影響を与えたと思われる“母との思い出話”を通しても、
ただ単に母を立派だと褒め称え、彼女の言葉の正当性を煉獄自らが実感し自分のものとする過程の描写がないままこのエピソードは幕を閉じた。
父親に対しては強気の姿勢だったにもかかわらず…最期に自分の人生の評価を母親の亡霊に求めてしまう様子を見る限り、煉獄の正体は…母親に認められることに死の間際まで固執し続けたマザコン野郎だったと言える。
自分自身の信念じゃなくて“植え付けられた信念”だから、彼は自分の生き様を自分で評価出来ずに、植え付けた本人に確認を取りに行くしかないんです。

火種は何でもいい。どんなくだらないことでも構わない。だがそこから己の火を育て、何を原料にその炎を維持し続けるのかが問題なのだ。そこを他人に依拠し自立出来ないでいるのは…あまり褒められたものではないな。

更に言えば、煉獄母は我が息子に対して「他人の為に身を削り通せ」と命じているようなもので…間違いなく母親失格であり、彼女の言うことを真に受けた杏寿郎も大した愚か者である。こういう体育会系のノリは危険。杏寿郎は進撃の巨人のヒストリアやジーク…そして特に呪術廻戦の虎杖を見習ってほしい。
自立した彼らとは違い、外身だけ立派でも中身は子供のままの男…それが煉獄杏寿郎です。

今後この「鬼滅の刃」の物語の中で、“煉獄の愚かさ”や“彼の考えの正当性”について触れられるのかどうかは原作未読なので知らない。それらの問題は長期連載の中で少しずつ紐解かれるべきものである為、今ここで全てが解決されないことに疑問はない。

しかしこの「無限列車編」だけを抜き出した状態では、この作品を手放しに褒め称えることなど到底出来ない。

だから“これからの鬼滅”に期待。次の「遊郭編」が楽しみです。