アニメにも落語にも興味のない方にこそ見てほしい大傑作アニメ。
映画好きにもドラマ好きにも十分鑑賞に耐える重厚な人間ドラマになっている、はずです。
第1期は昭和初期からバブル手前くらいまで。
二人の落語家と二人を取り巻く人々の苦悩と歪な愛の物語が描かれる。
日本的な情緒に溢れた人間ドラマ。何回見ても泣ける。
第2期と合わせると落語年代記というかサーガというか大河というか、魂が脈々と受け継がれる美しい物語に仕上がっている。
もちろん「落語心中」というくらいだから落語はたくさん出てくる。
知らない人は退屈してしまうかもしれない。でも、落語を聞いていると地の物語と繋がっていることがちょっとだけ解ってくる。
物語は刑務所から元チンピラが出所してくるところから始まる。
彼は八代目有楽亭八雲の刑務所慰問で聞いた落語「死神」に心打たれ、絶対に八雲の弟子になると誓っていた。
ところが、大名人と言われる八代目有楽亭八雲は、弟子を絶対に取らないことでも知られている。
しかし、どういうわけか、入門を許されてしまう。八雲は単なる気まぐれで入門を許したというようなことを言うが実は違う。
物語をじっくり見ていると理由がわかってくる。
こうして入門を許された元チンピラ22歳は、有楽亭与太郎と前座名をもらい、芸に励むことになる。
しかし、ある日、与太郎は師匠の高座中に大失敗をやらかしてしまう。許しを請う与太郎。
そこで八雲は、自分がまだ菊比古という名前だったころ、同時に入門した初太郎(後に助六)との昔話を始める~~という物語。
原作者の雲田はるこさんはBL作家としてかなり知られている方。
八代目八雲は、実写ドラマでは岡田将生が演じたくらいの美形落語家でもあるわけです。
若い頃の妖艶な菊比古が初太郎を膝枕して耳掃除したり、初太郎が菊比古の腰にしがみついて猫のみたいに顔をスリスリしたりとかなり距離が近い。
でも、BL作品ではありませんので。
菊比古(八雲)は確かに初太郎(助六)に対し恋愛感情に近いものを持っていた。
でも、たとえば「こころ」の先生と私のような関係だったのじゃないかと思うわけです。尊敬に近いような。
二つ目芝居を上演した時の菊比古なんて作者の面目躍如なのかも。
「弁天娘女男白浪」の女形・弁天小僧を演じて菊比古が開眼する。
芝居の後、成功を祝して初太郎が菊比古をバックハグする。
こういうのが誤解を生むのでしょうね。
謎があると先を見続ける推進力になる。
この物語では序盤に過去の二人の人物の死がほのめかされる。
八雲はこの二人の死を引きずっている。
二人はなぜ死んだのか。八雲はどう関わっていたのか。「お前が殺した」と八雲を睨み付ける二人の娘・小夏の言う通りなのか。
これが前半を引っ張る大きな謎だ。
原作からしてすごい物語なんだが、演出もとてもよく考えられていた。
落語家は、顔を左右に向けて話すことで人物を演じ分ける。右を向いて話す人と左を向いて話す人は別の人物なわけ。
これを、アニメではカット割りで表現していることが多かった。
右を向いてしゃべっていた人物のセリフが切れたらカットが変わって反対を向いて、表情もガラリと変わっている。
背景で描く心理描写もすごかった。
それと声優陣。とにかくすばらしかった。
全役オーディションだったらしい。場合によっては、落語をほぼ一席やってしまうくらいのヘヴィな役を流ちょうな江戸弁で気っぷ良く演じておられた。ホントに名調子。
通常のアニメでは、「うぐっ」とか「ぐぬぬ」とか「むむむ」「くぅぅぅ」とか、ご飯を食べるときは「はむはむ」とか。こういう感情込みの音声を敢えて入れてくる。
動きの少ないアニメ画面が保たないからなんだけど、このアニメでは一切そういう演技をしていない。
おかげで、実写を見ているような錯覚に陥って更に物語に没入させてくれる。
作画もすごい。
光源をはっきりとさせて濃淡をくっきりとさせた画は登場人物達の心理を反映していることも多く、気がつけば彼らの心理にシンクロしていたりする。
もちろん、演出でもあるわけだが。
1期のハイライトは菊比古(八代目八雲)とみよ吉の恋愛。
一途なみよ吉が痛い。でも、これが悲劇の始まり。時代を駆け抜けた異端の天才・助六が消えるきっかけとなってしまう。
当時は戦争の影響で落語界は危機に瀕していた。
第2期ラストの口上で与太郎が「落語は東西で150人になりました」というので、菊比古と助六のころはもっともっと少なかったんだろう。
ちなみに、2024年現在だと落語家は東西で900人近く東京だけど550人くらいはいるそう。
芸は時代に合わせて変えていかなければいけないという助六に対し、変われない変わらないという菊比古。不器用に生きて自分を変えられない菊比古。
そして、二人の死の一部始終が語られる。
恋に溺れてすべてを破滅させる女・みよ吉が最後にとった行動がすべてをぶち壊す。
12回だったか、亀屋旅館でみよ吉の涙を舐める菊比古がめっちゃ妖艶。必見。
こうして物語は現代に戻り幸せに終わるのかと思ったら、最終話でみよ吉と助六の娘・小夏から馬鹿でかい爆弾が落とされる。
これが第2期を引っ張る謎になる。
「落語は人間の業の肯定である」とは亡くなった立川談志の有名な言葉。
今回で4周目だったけど、毎回この言葉を思い出してしまう。