ジェイコブ

生きるとか死ぬとか父親とかのジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

生きるとか死ぬとか父親とか(2021年製作のドラマ)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

蒲原トキコは、トッキーの愛称でラジオ番組も持つ有名エッセイスト。リスナーから送られてくるお悩み相談に真摯に答えるその姿勢が好評を博していた。しかし、本業のエッセイでは書くネタがなく、筆が止まってしまっていた。そんな中、気ままに生きる父の哲也との関係について書くことを思いついたトキコ。エッセイのネタをきっかけに、過去にある出来事が原因で疎遠になった父との時間を埋めるかのように、父と過ごす時間が増えていくトキコ。しかし話は次第に、これまで無意識的に避けてきた亡き母との思い出と向き合うこととなる……。
コラムニスト、ジェーン・スーの同名連載を原作に、ジェーン・スー=蒲原トキコとして制作され、トキコの現在の姿を吉田羊、20代の頃を松岡茉優が演じている。本作の登場人物達はトキコを含め、全てが現代人の等身大の姿である。親との関係、不倫、介護、家庭と、彼らが抱える悩みや問題は、どの人にも当てはまる物で、決して他人事ではない。また、ゴッドタンの名物Pで知られる佐久間氏がプロデュース、出演していることもあり、彼と馴染みのある芸人達がゲスト出演もしている。
物語はトキコの母について語り始める第9話から雰囲気がガラリと変わる。それまでは父とのほろ苦い思い出を中心に、トキコの内面にフォーカスを当てていたが父の介護に、母の病死と重いテーマへと移っていく。母の死をきっかけに狂いだした平穏な日常と、今まで知らなかった母の問題や真実を知ることになったトキコ。それは、トキコがこれまであえて触れてこなかった思い出の暗い部分である。書くネタがなくなり、止むに止まれず思い返していたトキコは、今まで見ないふりをしていたために、母とのかけがえのない記憶まで風化しようとしていた事に気付いた。人の思い出とはけっして楽しいものばかりではなく、自分が悩み苦しんだ記憶を含め初めて完成する。それは人も同じで、良い面だけでは決して語れないのだ。
暗い思い出と向き合うことで初めて父との関係を前に進めることができたトキコ。ラストでレギュラー放送の時間が変わることを恐れ迷うトキコの背中を押したのは、父の哲也であった。トキコは哲也とこれまで巡ってきた思い出の数々を振り返り、変わる事は悪いことばかりじゃない事を悟り、新たな一歩を踏み出す決意をする。
ラストの去りゆく父と母の背中のイメージ、文鳥を複雑そうに見つめる哲也のシーンは、哲也に残された時間の少なさを表しており、これからのトキコに、再び訪れる大きな変化を意味するのではないか。そう考えたら少し切ないラストだな……。