otomisan

原潜ヴィジル 水面下の陰謀のotomisanのレビュー・感想・評価

原潜ヴィジル 水面下の陰謀(2021年製作のドラマ)
3.9
 なるほど見ごたえは充分だ。平時の市民生活対冷戦の埋火という今ではさほど目立たないポイントをうまく衝いている。
 市民生活というのは、高度な政治的要件になる戦略核原潜内の乗員死亡事件に公安、内国防諜、軍警察抜きで核に懐疑的な地方政府の警察が調べに入るところにある。その警察官の個人生活をドラマの裏地として国防と国際問題の最前線を捜査現場とする辺りに、幾分ナンセンスな取り合わせ感を覚えるのだ。
 これは視点が揺らげばドラマ全体に不信感が及ぶ事にもなるだろう。つまり、こんな戦略核原潜という社会的極端環境の事件が戦時で無いとはいえ通常の刑事事件として扱われてよいのかという事、そしてそれを裏付けるであろう法の理念あるいは解釈への不信が、密室で単純な故殺なのか国際的謀略の一端に居るのか不明な殺人犯と隣り合わせで事件の目的や背後関係の認定が困難で状況が絶えず流動し、さらに破壊工作があるのか事故なのか練度不足から起きるのか不明な波乱が襲う中に置かれて、視ている者も心の揺動からそんな不信が呼び起こされるための事なのだ。
 そして、高額な戦略核兵器を維持することが金融サービスと一部の高等研究以外萎む一方で変人ばかり跋扈する政治の英国で身の丈に合った事なのかと問うような感じも異様に生々しい。とはいえ卑劣な右翼に馬鹿げた困り顔の首相の英国でモンティなBBCならこんな危なっかしいドラマはお手のものかもしれない。

 ただ、このような英国で軍人が強く矜持を掲げていても、実は対露(当然)対米(!)対中(?)さらには対欧(やっぱり)と一人負けしている格好のドラマが作られる事自体、英国の心の余裕というよりも民主であり自由であるとはこういう事だからというやれやれ感を覚えてしまう事に幾分苦い思いがないではない。
 そこで、同じく斜陽の日本ではトランプ時代末には核戦略への参加が湧いて出たり豪州が原潜導入に急転するほどの危なっかしさだが、日本で原潜に戦術核なんてほんとうに無い話だろうか?あれば、こんな「ヴィジル」のような核兵器反対の話になるだろうかと考えてしまう。これから核を持たざるを得なくなるかもしれない日本で、それでも持たぬに越したことはないという立ち位置のドラマが、なにより自国をここまで貶めた内容で作れるだろうか。その点散々高い経費を忍んできた英国のトホホな戦略核体制の、それでも核は必要であるのか、「ヴィジル」のような内部崩壊から自爆を遂げるのを待つのかどっちだなんて話は、明日核配備したら明後日にはもう直面しないとは限らないぞと突き付けられているような気がする。今の日本は暴発にも破壊工作にも遺漏なしといえるほど核戦略を担える国とは信じられないから。
otomisan

otomisan