なかなか興味深いものがありました。というのは原作アレンジのアプローチがですね、わたしは非常に心地よかったとでも言いますか。現在の日本のエンタメ業界とは真逆のことをやっている感じがまぶしいんですよね。原作をどのように使っているかというと、一部の設定だけ抽出して、あとは他の作品全体のタッチとかストーリーとか世界観は創作していくというやり方をしてますが、何から何まで原作を忠実に再現する(しなければならない?)という日本では考えられないような映像化です。このくらいが元々の原作物のあるべき姿だと思います。
とりわけ興味深かったのは、コミュニケーションの方法。人間の体にエイリアンが寄生して、普通は脳まで侵食して体の全部をエイリアンが乗っ取ってしまうんだけど、主人公だけは脳が生かされたまま寄生されてしまう。一つの体に共存するというね。原作ではエイリアンは手の指に表出してキャラ性を持って喋ることもできるから、主人公本人がミギーという名前の指と直接喋ることができるけど、今作では交互に体を使うことしかできないため、交換日記的なメモでやり取りしたり、人づてに伝言してもらうようにしかやりとりすることができない。
このオリジナルの設定はじれったさを生み出すことができるし、思うようにことが運ばないという難しさも生み出している。と同時に、やはり原作通りにミギーが登場してしまうとほのぼのしてしまう場合があるけど、今作はダークファンタジー色のタッチが強いからバッサリとカットしたのでしょう。
顔がパックリ割れて触手のようなものが伸びて武器になりバトルをするというシーンはほぼ山崎貴監督の映画と変わり映えしないけど、人間関係というかエイリアン関係😄?が二転三転するところでおもしろく工夫されていました。主人公は弱々しい女性でバイト暮らしでギリギリの生活をしているような人。このあたりは韓国の今を反映しているのかな。