slow

すいかのslowのレビュー・感想・評価

すいか(2003年製作のドラマ)
5.0
何年間と足しげく通うレンタルショップともなれば、取り扱うラインナップなど見慣れたもので、棚に並ぶタイトルを流れるように眺めていく作業にも身が入らなくなってくるもの。そんな、すっかり擦れてしまったビデオテープのような好奇心を憂いながらも、またそこを訪れ、それを読み込んでいる、なんだかんだと律儀なわたし。かたや、背中越しに聞こえていた誰かの声が自分に向けてのものだと気が付くこともできず、二度目の「すみません」に漸くハッとする難儀なわたしとも、もう長い付き合いだ。声のする方へ振り返ると、そこには年配の女性が申しわけなさそうにちょこんと立っていて、目が合うとぺこりと頭を下げた。「お急ぎの所ごめんなさいね、ちょっとお願いしてもいいですか?」。少し面食らっていたこともあり、「あ、はい、大丈夫ですよ」と返した顔はどんな風だったか覚えていない。「ごめんなさいね、あれ取っていただけませんか?」と、どこまでも腰の低いその人が指差す先の棚には『ミナミの帝王』というVシネのレジェンドがズラリと鎮座していた。今度はしっかりと面食らいつつも、スッと手を伸ばし、指定された番号の貼られたケースの背を引っ張り出して「これで間違いないですか?」と差し出す。その人はニコニコしながらそれを受け取ると、何度かお辞儀をして、そそくさと行ってしまった。ものの数分。いや、もっと短時間で淡々としたやりとりだったはず。しかし、わたしはその時間にとても惹きつけられ、あたたかなくすぶりを感じていた。人様の人生を少しだけ覗かせていただいたような体験は、良質な短編映画を観た後のような感動で、もしかしたら、そこに足を運び続けたのはこのためだったのでは、というたいそうな余韻に浸っていた。そう言えば、昔はどのレンタルショップのことも、全部まとめてビデオ屋と呼んでいた気がする。その頃、ビデオ屋にはどんな映画でも置いてあると思っていたっけ。それはまだ、親が借りてくるアニメ映画をわけもわからずただ黙々と観ていた、幼かった頃の話。何度か一緒に行ったこともあったけれど、何が観たいなどと言い出せなかったわたしは、ただただうず高く陳列されたVHSの迷路に圧倒され入り口付近でうろうろしている、そんな子供だった。多分その時は世界中の作品がここにはあると言われても疑わなかったろうし、これを片っ端から観ている人がいるなんて信じられなかったろう。今、わたしはそこには世界中と言うには程遠い量の作品しか置いていないことを知っているし、片っ端から観ている信じられない人の気持ちも少しはわかるようになった。そんなビデオ屋も、今はことごとく閉店し、形のないものへと移行している。もうこれは足音ではなく到来だ。これによって映画はより身近なものとなるのかもしれないけれど、一方で淘汰されていくものもあるのだろう。浸っていた余韻がいつの間にか感傷となり、ふやけながら家に帰り着いたわたしは、早速レンタルして来た作品を鑑賞した。今までテレビドラマをレンタルしたことなどなかったわたしが、何故かここしかないだろうと満を持して選んだ作品。それがこの『すいか』だった。そのドラマには、日常にありそうでない不思議な心地よさと驚きと下らないエピソードが詰まっていて、だからと言って、めちゃくちゃ面白いとか、とにかく泣けるとか、そう言ったものでもない。ただ、嫌味がなく、素直で、どこか羨ましく、いつまでもずっと観ていられる。そこに登場する人たちを好きにならずにはいられない。これはそういう、そう、その日の出来事のようなドラマだった。時々思う。もし、時を遡れたなら、あの複雑怪奇な迷路に迷い込みたい。ネットもなくネタバレなんてなかった本当の映画好きだけが密かに語り合ったであろうあの壁に挑んで砕けたい。2時間のVHSを巻き戻す間のなんとも言えないあの感じは何だったんだろう。実際にお店に行くという時代を逆行するような行動に、特別な意味などない。それはただの手段に過ぎない。けれど、その日の出来事と、いつか観たいと思いながら後回しにしてきた『すいか』を、ようやく観ることのできた夏の終わりに、それらを忘れたくないものだと思えたことを、ここに書き記しておく。
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