なっこ

義母と娘のブルースのなっこのレビュー・感想・評価

義母と娘のブルース(2018年製作のドラマ)
3.2
2018年にリアルタイムで見逃して後悔していた作品。お正月の再放送で一気見。評判通りの良作でした。

世の中に音楽のジャンルは多岐にわたるけれど、私の人生を喩えるならばどうだろう、ブルースだと言ってしまえるヒロインはちょっとカッコいい。お別ればかりのブルース。でも、その悲しみを乗り越えていく力強さを義母と娘のふたりのヒロインから分け与えてもらった気がする。

僕キセ(僕らは奇跡でできている)を父性の物語とするならば、ぎぼむす(義母と娘のブルース)は、母性の物語だと思う。産みの母から夫である父親へ、その父親と結婚した義母へ、と愛情をリレーしていく物語でもあるけれど、血の繋がりを超えて広い意味での家族としてのつながり(愛情)を紡いでいく物語でもある。

原作漫画は未読。物語の骨格をどれほど踏襲しているのかはわからないけれど、前半の出会いの頃は、キャリアウーマンである義母の特異なキャラクターに圧倒されつつ、後半にはひとり立ちしていく娘の成長譚としても見ることができる。ふたりのヒロインは鏡のように互いを映しあって成長していく、分身のような存在。ヒロインはもうすぐ死んでしまうと分かった上で結婚することに、私なりのメリットを感じているとは言いつつ、その心の内までは描かれていない。最終回で娘と本音で向き合うときに出てくる言葉が、多分彼女の真実だったのだろう。幼いうちに両親を亡くし育ててくれた祖母にも死に別れ、一人で生きていく術を身に付け最強のキャリアウーマンになったヒロイン。そんな彼女が天涯孤独となる予定の娘の義母となる。人は、誰かと一緒に生きることで、相手の立場でもう一度人生を生き直すことができるのかもしれないと思った。その時自分が本当に必要とした味方を、自分自身が生きることで。そうだとしたら、本当にこの世は捨てたもんじゃない。

そして、この物語の男性キャラクターはみんな素敵。妻が死んだ後に自分たちの子どもを誰かに託そうとする、夫の良一も。お母さんを亡くして元気が出ないみゆきにブスを連発することでしか話しかけられないガキ大将のヒロキも。ナチュラルボーングッドルッキング愛されガイと自覚しつつ好意に鈍感な亜希子に片想いしてしまう店長も。

奇跡はわりとよく起こります

このセリフがとても印象深かった。奇跡、というと大げさかもしれない。小さな愛、や思いやり、に置き換えると良いのかも。私たちの日常の中で見えなくなってしまいがちな愛情や思いやり、優しさは、案外探し方や求める場所を間違えているだけでちゃんと、そこにある、ということ。

10年という長い時間を1本のドラマで俯瞰して眺めていると、本当に女性の一生はいろんな選択肢の中で、いろんな組み合わせを選び取って生きていくのだと改めて感じた。結婚する・しない、仕事を続ける・続けない、産む・産まない、亜希子は、良一にみゆきを託されて、自分の選択肢になかったはずの人生を歩み始める。本来の自分の想定になかったコースを選び取った時にはもう、奇跡は始まっていたのかもしれない。自分の人生にそういうifを受け入れる力が彼女にはあったのだと思う。そして、良一にも彼女に対する愛情ははじめからあったのだと思う。心から信頼できる相手にしか自分が本当に大事なものは預けられない。彼が亜希子の中に見出した強さは、キャリアウーマンとしての才能だけではなく、母としての強さでもあり、それは彼女の持つ女性らしさでもあっただろうから。

男女間の愛情や血の繋がった親子愛にばかりスポットが当たりがちだけれど、他のものに対する愛情だってこの世界には必要だし、そういうものを大切にしたって良いはずだ。たとえば仕事、ペット、趣味、とかとか。恋愛のスイッチを探すばかりが物語じゃない。愛を込めてパンを焼くパン屋にその町の人が愛着を感じていくように、精魂込めて何かを育てていく過程はそれだけで美しい。自分の仕事に愛を込めて生きていくことも十分に美しいことだ。義母と娘のブルースは、キャリアウーマンとしての能力ばかりが目立つ義母への娘からの応援歌でもあったのかもしれない。私も仕事を通して、自分が感じる愛をちゃんとかたちにしたい。明日からも頑張ろう、そう素直に思わせてくれる力のあるドラマでした。