Dr.HOUSE/ドクター・ハウス シーズン1のネタバレ・内容・結末

「Dr.HOUSE/ドクター・ハウス シーズン1」に投稿されたネタバレ・内容・結末

記録
数話見たが、主人公の癖が強すぎて少々合わなかった
ストーリーはとても面白かった
EP9にハリー・レニックスが出演
破天荒な診断医、周りは振り回されまくるけど、みんな実力は買っていていざって時は頼ってくる。
自分の実力だけで仕事できるっていうのは本当にすごいと思う。
尊敬です。
最後の二人でツーリングに行く終わり方もすっごい好き。


結果的にシーズン8まで続くこのドラマは制作者も当初Pilot版(1話)で終わると考えていて、その後、数話だけ継続して良いことになり、更に10話ほど足されて結果的にシーズン1となった。シーズン4で視聴数が最高になり杖をつくハウスは全米的なアイコンに。その辺りからハウスの人生の行く末が主軸となりシーズン8で幕を閉じる。


シーズン1はThree Storiesが出色。この話でエミー、脚本賞を取ってるはず。ドクターハウスが単なる嫌味な天才ではなくて、現代社会の痛みと孤独を代表するアイコンとして異彩を放ち、セリフ回しが重要なドラマとしては異例の全世界大ヒットになった理由がこの話にある、と思う。この話で語られる過去の経験がドクターハウスの未来をダークで生き難いものに完全に変えてしまった。

シーズン2中盤までこの過去を巡りステイシーとの対話が続く。というか、シーズン8まで、彼は足の痛みを感じるたびにこの過去のことを想起しその意味を考え続けている。だからこそ彼は目の前の患者の病因を何が何でも発見しようとするのだと思う。パズル的喜びや子供の頃に日本で見た部落出身の清掃員の姿も原因ではあるはずだけれど。

シーズン1はまだ医療ミステリーの色が強く、後のシーズン、特にシーズン4以降とは異なるストーリーテリングが魅力。

グレゴリーハウスという人の人生哲学は「己の正しさを探求し行動でその結果を出せ」というもの。ハウスが異常なのは、他人が自分とは異なる正義を持っていても、それをその人が心から信じガッツを持って行動したなら、その意志を優先すること、そしてしばしばその正義の実現をどんなリスクのもとでも手助けすること。もちろん彼は自分の信じる第一の正義「病気の原因をどんな反社会的手段を使ってでも突き止める」を医師免許を賭けてでも遂行し完遂した後の話ではあるが。このドラマの見どころはハウスの個人的正義が、患者の正義や部下の正義やカディの正義とぶつかるとき。多くの場合、ハウスの持つ脅威の行動力と奇抜な発想と極めて真っ当な患者至上主義でハウスが圧勝するが、たまに他人の正義と行動力を前にしてハウスが感じ入る時がある。その美を前に彼は手を緩め、その人のために己を犠牲にして行動する。
ハウスは、キリスト教からの無神論者であるから、世間や空気やお上が正しさを決めるのだというような日本人の感覚とは全く違う。周りの人間ではなく、聖典に膨大の史料のある神こそが正しさを決めるのだが、その神は絶対にいないのだという感覚。あの絶対的な神が消えてしまったという心にポッカリ空いた穴。絶対に存在しない神を求めて彷徨っている矛盾した人間。そこで、彼は己の過去から正義を抽出して精製し己との契約を結んでいるし、恐らくは無意識に、そして絶対に本人は否定するけれど、ナザレのイエスの物語から多大な影響をうけている。ハウスはラザロを蘇生するほどの奇跡を肉体的な救済として起こし、相手の正義を実現するために己を犠牲にする魂の救済に乗り出す(まぁたま〜になんだけど)。今なお続く足の痛み、この死にたいほどの痛み、手を釘で打ち抜かれた程の痛みが全人類を救済するなどというバカな下らない発想は絶対にしないし、この痛みとその原因が確実に私の人生を不幸にしたけれど、それでも何らかの正義の種がそこにはあるはずなのだ。

そういうハウスの人生哲学のもとでは、チェイスは己の正しさがないので詰められる。キャメロンは正しさだけを語り行動では逃げるのでハウスに詰められる。フォアマンは己の正しさも行動力も最初からあるんだけど、彼はハウスの人生哲学の正体が全くわからず誤解し続ける。(フォアマンがハウスを理解しきれない状況は最終回までそうなんだけど、ラストシーンの笑みは深い水準でハウスのことがわかった証だと思う)
シーズンを経ていくと、キャメロンはハウスの人生哲学を理解した上でハウスを否定するが、チェイスはハウスを理解した上で否定はせずに部分的には受け継いで最後の最後までハウスへの敬意を持ち続ける。



ハウスがついている杖は実は持ち手が普通とは逆なのですよね。それはそちらの方が健常者の歩き方に似て見えるからなのだろう。痛みが走っても持ち手を楽な側には変えない。ボサボサの髪と髭、皺くちゃのシャツの彼がなぜそこにはこだわるのか。もう走れなくなった彼はなぜかスニーカーを集め続けている。なぜか。彼は事件前のステイシーと一緒にいた頃のあの時に戻りたいのだろうか。


ウィルソンはかなり優しい男なのだが、実際はハウスの足の痛みとオピオイド中毒を過小評価しハウスが普通になれると信じて友達のハウスの心を踏みにじり続ける。「痛み」は本人にとっては痛みだけが現実となるほど強力であるのに周りにはほとんど伝わらない。彼は障害者として、オピオイド中毒者として社会から疎外されているが、本当の疎外はこの痛みについての無理解であり、その伝達不可能性によって真に孤独なのである。一番彼の状況を理解し共感的に振る舞えたのは、ウィルソンでもなくキャメロンでもなく13なのだと思う。が、それも彼の人生を楽にすることなどない。それほど痛みは全てを変える。が、伝わらない。