ボクらを見る目のネタバレ・内容・結末 - 2ページ目

「ボクらを見る目」に投稿されたネタバレ・内容・結末

素晴らしい作品だし、人におすすめしたいけど、できれば心にゆとりがあるときに見ることをおすすめします。

そのくらい圧倒的なパワーのもとで、あらゆる理不尽が、無実な少年たちの人生と家族をめちゃめちゃにしていく展開は絶望的。

希望はあるけど、失った時間は取り戻せない。2度と。
辛すぎて涙が止まらなかった。
唯一刑務所行き(他の子は少年院)になったコーリーのパートで一番泣いた。
2話目、若いときのトランプ出てきてやばかったし、4話目のコーリーワイズの描き方の重みは凄かった。本人の顔もエンドロールで見れたのも良かった。差別を考えるのに必要不可欠な名作だと思います。
もしもこれがフィクション作品なら、
中2,3の子供を警官が殴って蹴って怒鳴りつけて、挙げ句の果てに子供の父親さえも無罪の息子に罪を認めろと怒鳴りつける、などというのは現実的にありえないと思うだろう。

しかし、これは全て事実だ。

冤罪を受けるだけでなく、刑務所に入ると「かの有名なセントラルパークファイブ」と言われて集団リンチにあい、仮釈放の審査面接では犯していない罪を認めるように強要され、刑期を終えて出所後も周囲からは性犯罪者扱いを受け仕事は見つからない。
冤罪被害者やその家族のその後の人生への負の影響が丁寧に描かれている分キツい。

このように、単なるひどい冤罪事件としてではなく、誠実に細部まで目が行き届いているのが素晴らしい。

また、検察官や警官個々人を断罪するのではなく、簡単に冤罪を生んでしまう現代の司法システムの脆弱性を提示するフェアさと視野の広さも素晴らしい。

少し美談っぽい終わりだが、彼ら5人が受けた仕打ちを考えると、これくらいのエンディングじゃないと辛すぎるので、そこはバランスが取れているようにも思う。

ショーランナーのエヴァ・デュヴァネイは、ドキュメンタリー『憲法修正第13条』の監督でもある。
今後、確実にショーレースに絡んでくる注目の映像作家だ。

Netflixにある本作に関するオプラ・ウィンフリーのトーク番組は必見!
「なぜタイトルを原作となった書籍のタイトル『セントラルパーク・ファイブ』のままにしなかったのか」という質問に対するエヴァ・デュヴァネイの回答は、彼女の映像作家としての腕の確かさと信頼性の高さを的確に表しているように思う。

「セントラルパークファイブは、マスコミや警察や検察が付けたもので、その呼び名からは冤罪被害者5名個々人やその家族が見えてこない。彼らは生身の人間で、その呼び名は彼らを非人間化した名称だからだ。」

もはや彼らは「Central Park five」ではなく「Exonerated five(無罪の5人)」だ。


本作の内容からズレるが、
14,15歳の少年たち全員を死刑にしろとわざわざテレビで言ったり新聞広告を出したりするトランプはマジでやばい奴だろ。
よく大統領になれたな。トランプに投票した大衆の無知も恐ろしい。
なんで犯人にされたのか?公園にいた。ただ、それだけ。知らないもの同士を、ただ犯人に仕立て上げた。
そして、それぞれの地獄があった。憎い父の介護をするのも、居場所のない家にいるのも辛い。刑務所での暴力、自分のせいで仕事を失ったっあろう親、姉(兄)の死、仮釈放の為にしてない罪を認めるか?の葛藤。
memo
(An)toron...パパが前科者。
Kevin...ちょっと行ってみた。トランペット好き。姉と仲良し。母は病気。警察に殴られた。
Yusef...飛び級。髪が独特。ギリギリ母来た。
Korey...友達思い。彼女とチキン。偽の自供
Raymond Santana...ヒスパニック
言葉もない。

コーリーは容疑者でもないのに、友達に付き添って警察に行き、そのまま有罪判決を受け1人刑務所へ。

そして真犯人が名乗り出るキッカケを与えたのもコーリー。

観たあとに、「オプラ・ウィンフリー 今ボクらを見る目」もセットで見た方が心にすんなり治ってくれます。
1,2が特に胸糞悪くて、3,4にかけても壮絶なストーリーだった。
大人と社会に振り回される子供の描写、少年それぞれ違う家庭環境の中で事件前・事件後変わってしまったそれぞれの「ホーム」、青春期に刑務所の中を過ごす心境が伝わります。
そこが中心のストーリーだったからこそ、出所後のその後の姿を映した最後のエンドロールが非常に力強く感じた。

3,4にかけてずっと泣いてしまうので、次の日出勤する日曜夜に見るものではなかった笑
見るのが辛すぎる。
だけど、最後まで観ないと辛いだけになる。

こんなふうに冤罪が出来上がってしまうなんて。

証拠不十分でありながら、自白を強要し、犯人に仕立て上げる。
最初から犯人に確定されているようなもの。

レイプ殺人未遂という犯罪は許されない。
この罪を全く関係のない人に着せるとは…
そうすることで、真犯人を野放しにし、さらなる事件が起こってしまう。
そういうことを考えずに、警察も検察官も無茶苦茶だ。

何回も胸が痛くなった。

みんな将来のこととか夢見ていたのに突然潰されてしまう。

一度犯人だと決めつけられると、なかなか払拭されない。

コーリーが最後までとにかく酷い目にあっても信念を貫き通し感動した。
優しい、友達思いなために、ただ友達について行っただけなのに最も酷い目に合う。
あの時に行かなければ…何度も思う。
過去に戻れたら絶対行かなかったのに。

冤罪はなくなってほしいものだ。

被害者の女性トリシアさんは驚くべきことに、真犯人がわかってから、実名で本を出している。
また、ランナーとして復活もしている。
今まで観た実話を元にした映像作品よりも、心を打たれた。

5人共だが、中でもコーリーワイズに敬意の念を抱く。
コーリーはただ友達の為だけに警察に出向き、
母親への愛を信じ抜く為に信念と希望を14年間持ち続けた。
こんなん人間が存在する事に感銘を受けたし、自分もそんな人間でありたいと思った。

事件の存在をこのドラマで初めて知り、こう言う再現作品の存在価値を改めて理解できた。

映画では2時間の映像作品になってしまう為、構成に加えるストーリーが限られてくる。それに、観ている側は2時間集中して鑑賞する事になるので、飽きさせないように話を盛り上げたり演出で表現を事実と変える必要がある。

その点、今回の作品は一本1時間の4部作品になっている為、5人一人一人のストーリーが丁寧に描かれており、もちろんこれが全てでは無いが、彼らに感情移入しやすく、この事件の残酷さと不条理な事実を理解する事ができた。

本当に素晴らしい作品だった。
実話を元にしている点で強く引き込まれた。長さを感じる間もなく一気に視聴した。アメリカには現実に有色人種にストリートギャングが多く存在しており冤罪が生まれやすい土壌がある事実。事件は1989年に起きているということ。社会背景をよく理解して観ると見えてくるものも違ってくる。この5人は真犯人の自供という形で無実が証明されたが、そうならなかった者たちも多く潜在しているのではという可能性。考えさせられました。
ひとつだけ気になったのは、反トランプ題材として表現されていることの抵抗感。不適切な捜査取り調べで冤罪を生みだしたのは警察と司法でありトランプではない。まして当時のトランプは大統領はおろか政治家でも無かった。作り手側勢力の思想主張が入ってこない方が真実ベースの作品としてより価値が高いものになったのかなと思った次第。