Qちゃん

アガサ・クリスティー 検察側の証人のQちゃんのレビュー・感想・評価

3.8
アガサクリスティーの「検察側の証人」といえば、ビリーワイルダー監督が映画化した「情婦」があまりにも有名だが、原作に忠実そうな雰囲気に惹かれて&原作読むのは面倒だけど内容が気になって鑑賞。

これを観ると、やっぱり「情婦」はかなりエンタメ寄りにアレンジされてたのがよく分かった。脚本が脚色されてたというか、脚本はあらすじ以外の背景を削ぎ落として構図を分かりやすく簡単にした上で、各キャラを面白く濃くした感じ。

本作ではより時代背景がくっきり描かれている分、貴族社会の中での身分と職業格差・差別や、第一次大戦が戦後まで個々人に与える影響などが、事件の背景に暗い影となって横たわっている状況がありありと分かって、作品や個々のキャラクターから受ける印象がかなり変わってくる。

貴族が牛耳る英国政府が参戦を決めた第一次大戦で、前線で戦うのは結局庶民の兵士。史上初の大量殺戮兵器や化学兵器の登場、泥沼の塹壕戦、その悪夢を終えて帰国してみれば、生活は保証されず、疎まれ、挙げ句の果てにはマスタードガスのせいで器官を痛めて咳をすれば煩わしいと言われる始末。

この状況下だと、職探しに必死の平民の帰国兵士の若者が、ふわふわと享楽に耽り、自分が稼いだわけでもない金にあかせて自分の尊厳を貶める貴族の老婦人に対して、復讐心に近い憎悪を感じだとしても、無碍に否定することができない。

前編と後編の二部作だが、後半の展開が「情婦」よりずっと暗い。平民同士の命懸けの足の引き合いも感じられ、いつも割を食うのは社会底辺の平民で、現実に順応して狡猾に生きる者が善意に勝ってしまうドッグイートドッグの絶望的な世相も見えて、陰鬱でやるせ無い後味を残す。

BBCドラマっていつもキャスト素晴らしいけど、今回も気管を痛めた善意のメイヒュー弁護士役のトビージョーンズも、平民の男を愛人に飼い慣らす老婦人役のキムキャトラルも、似合いすぎてて驚く。

てか、キムキャトラルってイギリス人だったの!?セックスアンドザシティとかマネキンとかの米ドラマ・映画のイメージ強すぎて意外すぎた。

映画版だと如何にも悪女然としてたマレーネディートリッヒと違って、儚くか弱く折れてしまいそうな見た目なのに、その実驚くほど強かで冷静なロメインが印象的。

トビージョーンズ、その見た目から癖のある悪役が多い中、本作では目立たない一般人、そして悲劇的に良い人、という言葉が相応しい。
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