ケーティー

パニックコマーシャルのケーティーのレビュー・感想・評価

パニックコマーシャル(2019年製作のドラマ)
1.0
「ショー・マスト・ゴー・オン」がカルピスの原液なら、それを薄めて飲みやすくして、さらにアレンジを加えて見せ方を変えたのが、「カメラを止めるな!」
しかし、それをさらに薄めてもはやカルピスの味はかすかにしかしないただの濁った水にしてしまったのが本作……


本作を観て改めて思ったのは、三谷幸喜さんは天才だということだ。
この作品を観て、どうしても思い出さずにいられなかったのは、「ショー・マスト・ゴー・オン」である。この作品自体も海外戯曲から着想してると言われてるが、それはさておき、本作がその影響、あるいはそこから想を得て作られた「カメラを止めるな!」に影響を受けていることは、意識的であれ、無意識的であれ、明らかだろう。
しかし、結論から言えば、前述の2作と違い、本作はつまらない。なぜか。構成は、ラストの落ちこそ、ありふれたビールのCMを結局やるといういまいちなものだが(これは皮肉なのか、原点回帰なのか、はたまた本当にすごいアイデアだと思っているのかよくわからなかった)、それを除けば悪くない。それなのに、全くノレないのである。ここには、大きく二つの理由がある気がする。

まず1つは、人物紹介のCMシーンを多用することで、視聴者の感情が途切れてしまうことである。もちろん、主人公が妄想に走り現実を飛ぶというのはよくある演出ではある。だが、それを前後の感情とどうつなげるかがうまくいってない。例えばよくあるのは、一気にテンションが上がってそのまま妄想に入り、妄想終わりに変なポーズをしていて現実でツッコまれるというものだ。このように、ドラマの現実のシーンの感情を高めてどう繋げるかが大事なのだが、そういう感情的つながりもなく、人物紹介のCMシーンになるというのが多い。そのため、CMシーン自体は面白くとも、ドラマと別個のものになり、かえってドラマの本筋に視聴者を引き込む求心力を低下させてしまっている。

もう1つは、台詞が徹底的につまらないことだ。台詞の構成で笑わせる力が足りない部分もあるのかもしれないが、1番気になったのは、人物ごとの台詞の特徴づけが弱いことである。雑誌に掲載されていた本作の脚本を事前に読んだが、その時点でCM制作会社のプロデューサーと監督は台詞だけでは区別がつかなかった。これは基本的な問題だろう。さらに、喜劇として、主人公や主要人物に特徴的な口癖がないのは極めて問題だろう。例えば、三谷幸喜さんの「ショー・マスト・ゴー・オン」は、このあたりが抜群にうまい。それぞれの人物に特徴的な口癖や話しグセが用意されている。例えば、主人公は本作と似ていて、舞台監督で、滞りなく演劇公演を終わらせることが指命だが、何かアクシデントがある度に、「策はある」といいめちゃくちゃな緊急対応を講じるのである。また、他の人物でも、何かプライベート等がうまくいってない人にやたらと、「ご先祖さま、大切にしてますか?」と聞く人物など、挙げればきりがないのたが、特別な言葉でなくても、1つ口癖をつくるだけでグッと役が立つのである。それが本作では、主人公に口癖も話し方の特徴もなく、生い立ちを感じさせるようなムードもないのは、あまりに主人公のセリフを大切にしてないと言わざる得ないだろう。ただし、唯一、営業マンの人物だけは、「はい」というシンプルな口癖があり、人物そのものに斬新さこそないものの、強いて言うなら1番人物が際立っていたのは、この法則によるものだろう。

最後に、役者さんの奮闘を書きたい。上述したように、台詞が良くできてないというハンデがある中、ベテランの田中要次さんは流石で、脚本のままやっているのだが、演技で役を膨らませていた。また、北原里英さんもよく、脚本のイメージではチープになりかねない役を自らの個性を生かしつつ、ドラマを膨らす演技が光った。舞台「幕末純情伝」の好演は一時的なものではなかったのだとわかった。