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愛の不時着のHALのレビュー・感想・評価

愛の不時着(2019年製作のドラマ)
4.8
初めての韓国ドラマ、それもなかなかの長尺で完走まで時間がかかった。しかし、それでも最後まで見ることができたのは九分九厘「ジョンヒョクという人物の描かれ方」に衝撃を受け、魅せられていたからだと思う。ジョンヒョク一人で現在の韓国ドラマ、韓国のカルチャーの水準の高さを示しているとすら感じる。もちろんセリとかダンとか中隊のみんなもすごく可愛いのだけど。

一番好きなエピソードは15話。北と南、二人の公安の悲哀、猟銃のようなショットガンの手触りと、対局的な狙撃班のレーザーポインタの冷たさが印象的だった。正直韓国編は悪役チェの行動動機とその行動力(軍の後ろ盾を失ったのでは?)に無理がある気がして、中隊メンバーたちのワクワク南体験記との齟齬があるように感じたのだが、チェはチェで散り様が良すぎて全ての帳尻を合わせられた気分。死に際の呪いの言葉の残し方も憎い。まさかラスト2話でスパイもの、諜報員の悲哀にここまで迫ってくるとは思わなかった。ただ北朝鮮の軍服を着こなすジョンヒョクを愛でるドラマではなかった。

細かな日常描写の伏線や関係性を紡いでいく多幸感は多くの人が共感するところだと思う。南の父と北の父が家父長制を重たく抱えて描写されており、その点で南の父親が先に踏み出すのはやっぱり皮肉だろうか。この父親像は明確に南北の社会の対比になっていて、軍部が力を持つ社会主義国と、企業が力を持つ資本主義国どちらがいいか?という普遍的な問いそのものをドラマツルギーにしている。

北朝鮮を舞台にラブコメをやる、それが単に展開を引っ張る設定というだけではなくて、我々の住んでいる半島=社会を描こうという大胆な野心すら感じさせる。韓国のエンターテイメント業界はすごいところまで行ってしまった。

最後にちょっとだけ、これは半分イチャモンなんですが、国境線による捕虜引き渡しのシークエンスの緊張感はどうしても『ブリッジ・オブ・スパイ』や『工作』といった一流のスパイ映画に負けるかもしれない。ただ、あの穏やかな冬の日差しの美しさは随一だった。あれが韓国の冬の美しさなのだと思う。
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