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THE LAST OF USの海のレビュー・感想・評価

THE LAST OF US(2023年製作のドラマ)
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一番覚えているのは、ピッツバーグで、置き捨てられた車と白骨化した死体を見る少し前、以前から練習していた口笛をエリーが「吹けてる!」と言って鳴らして聞かせてくれたあの場面のことだ。何でもないその瞬間、わけもわからないまま、ただ涙が出て止まらなくなった。数分間、わたしが泣き終わって落ち着くまで、わたしの操作しているジョエルはただそこに立ち尽くしていた。The Last of Us、この物語の中で、中年の男性ジョエルと14歳の少女エリーはアメリカを横断する。距離にすると5000kmを優に超え、季節も夏から秋へ、秋から冬へ、冬から春へと移り変わる。隔離地域のあったマサチューセッツ州ボストンから始まり、ビルの隠れ家のあったリンカーン、苦労して手に入れた車を失ったのはペンシルベニア州ピッツバーグ、マリアとトミー達の住む町があったワイオミング州ジャクソン、ファイアフライを追い向かったコロラド州コロラド、それまで心ここにあらずだったエリーの急に走り出したその背中を必死で追いかけたのはユタ州ソルトレイクだった。そしてまたジャクソンの町に戻り二人の長い旅は終わりを迎える。この追体験を通し、わたしが得たものや知ったことについて、語り尽くすことはとてもできない。ジョエルはいつしかわたし自身になり、彼が為すことのすべてにわたしは感情を入れ込んで共感した。エリーは、いつしかわたしの愛するすべてと同様に愛しく守るべき存在になり、この子のすることすべてに心を動かされ、目に焼き付けることに必死だった。今自分が過ごしている時間がどんな意味を持つのか気がついてからは早かった。かつて人が暮らしていた町の、一軒家のその一部屋に入ると、そこがどんなに特別な場所なのかすぐに理解することができた。窓から射し込む西陽が、残された日記や遺書をゆっくりと焼き、埃を被ったソファや机を照らし出し、カーペットの上の玩具や本を変色させるところをいくらでも眺めていられるように思えた。そんなときエリーがはしゃいで大きな声を出したり、パンデミック以前の世界やジョエルの思い出についての質問をくれて、建築物に染みついた時間と記憶への旅からようやく連れ戻される。目の前のエリーへと、焦点が合う。生きることが、死ぬことよりもつらいことだった。答えなどなく、終わりなどなく、やったことだけがあって、死だけが待っている。どれだけ“光”があなたを照らそうと、それだけ闇は深く揺るぎなくなっていくのだと、見えるものすべてがそう語るようだった。証拠も、予感も、あの世界の中には探さずともどこにでもあって、そのことが、ただわたしを、そこから一歩も動けなくなるような恐怖へと誘った。それでも、あのとき、あのエピローグを観たとき、この物語があれば一生生きていけるかもしれないとわたしは思った。「こんなに自分が求めていた物語はない」「わたしが本当に愛してきた終末ものというジャンルの中で、これ以上に大切にできる物語はない」そう心から思った。わたしが本当に、一番大切にしたかったのは、ジョエルのあの選択以上に、エリーの生きざま、生きていくすべ、そのものだった。エリーに出会ったそのときからずっと考えている。街で見かける映画のポスターが貼り替えられるときのことを知らないあの子が、初めて入った森で初めて蛍を見てはしゃいでいたあの子が、当たり前であるはずの安全や精神的な幼さを許されず生きてきたあの子が、音楽を聞いて、詩を書いて、口笛を吹いて、歌を歌って、絵を描いて、ギターを弾いて、いきものを愛でることの意味を、わたしはずっとずっと考えている。レコードショップに入ったときエリーはこう言う、「悲しいよね、レコードはこんなにあるのに聞く人はいないんだ」。そして漫画に出てくる台詞を引用してジョエルに声をかける、「宇宙の果てを目指して耐えて生き抜け」。エリーが自己表現をするのは、あの子自身が誰かのそれに、救われ続けているからなのだとわたしは思う。いつか、ずっと以前であっても、誰かが生きていた証にエリーは生かされてきた。そのことが、あの子に表現をさせ、“何があっても戦う目的を見つけ”続けさせる。わたしはそのことに、一生感服し続けてもきっと足りない。 ジョエルがエリーに与えたものについて考え、エリーがジョエルに与えたものについて考える。その重さを、かれらが奪われてきたものと比較することはできなくても、ただすべてがあの瞬間へと続いていることだけが確かだった。死を待つことでも何かを成し遂げることでもないただ生きるということの重みと苦しみ。誰も裁いてくれない間違いを自分だけで背負い続けていく覚悟、裏切ってはいけないただ一人の人に背き続けることの計り知れぬ恐ろしさ。あなたの目をまっすぐに見、わたしとあなたの人生の本当に重要な時間が今重なっていることを感じる。ただそこにあるだけでほとんどの機能を失った街の、見えているだけの世界の、景色が、わたしたちを彼らの視線、対話、そして表された心の先へと何度でも何度でも連れてゆく。いま、ジョエルとエリーの二人の旅路が、The Last of Usという物語が、こうしてまた語り直され、それによりたくさんの人の手に触れられていくのを目の当たりにして、わたしの中のかれらはまたその存在を強めていく。ソルトレイク、ファイアフライの施設に着く少し前のあのシーン。ゲームを初めてプレイしたとき、信じられないほど泣いてしまったあのシーンで、今回はすごく笑顔になった。笑顔になったあと、やっぱり少し泣いてしまった。ゲームを何周もして、ドラマを観た今でもまだ、この感動のことは言葉で表現できないし、一生できないかもしれない。ジョエルの正しさ、エリーの命の価値、そんなことは誰にもわからない。あの場所にあることがすべてだった。 幼い頃、わたしをフィクションや物語の世界に引き摺り込んだのはポストアポカリプスというジャンルで、その中でも特にゾンビ物だった。あれからたくさんのものを見聞きして、数えきれないほど、物語にすくわれてきた。わたしは口笛は吹けないけど、音楽を聞き、詩を書き、歌を歌い、絵を描いて、ギターを弾いて、いきものを愛した。エリーはあるとき確かにわたしの姿をしていたし、エリーはあるとき確かにわたしの愛してきたひとたちの姿をしていた。今ある世界がうしなわれ、すべてが、ろくに機能しなくなったとき、わたしはそれでもなお、わたしであるだろうか、見ていてくれるひとが誰一人いなくても、たとえあなたを失っても、いつかわたしの存在が必要になるかもしれない誰かのために、わたしはわたしとして生きて死んでいくことができるだろうかと、ずっとずっと思ってきた。わたしでいることの意味は、生きることの意味だから苦しくても、見つからなくても探し続ける。わたしがみた光、そのひとつの涯てに辿り着いたのが、このThe Last of Usという物語だった。




(ここからは内容の外側の話です。)
ジョエルを演じたペドロ・パスカルが以前、「私はリベラルだけれど、資本主義的な生き方をしていて(その社会の中にいて)、その恥を背負っている」と言っていたことがすごく記憶に残っています。ペドロ・パスカルが、エリーを演じたベラ・ラムジーのことを“they/them”で呼んでいること(ベラはジェンダー・フルイドであることを公表している)や、ベラが「彼といると安全だと感じ安心することができる」と言っていたこと、そしてペドロがベラへのメモに「人生を変える何かが、あなたの人生の早い段階で起こり、私の人生の遅い段階で起こることは、なんて興味深い」というようなことを書いていること、なんか…こういったすべてのことがTLoUという作品に相応しい上に、TLoUという作品がこのすべてのことに相応しくて、泣きたいです、本当にうれしい。TLoU2が当時「ポリコレに支配された駄作」と言われ炎上した件、本当に嫌であまり思い出したくもなかったんだけど、あれを経てもなおドラマ版TLoUがフランクとビリーについての話を深掘りし、LEFT BEHINDの内容を取り入れたことの意味は考えなくてもわかる、本当に救われたしうれしかったです。当たり前にエリーとライリーがいて、当たり前にフランクとビリーがいた。S2でも、当たり前にアビーがいて、レブがいて、ディーナがいるのだろうと思う。“ポリコレに支配されたせいで”生まれたキャラクターなんていない。そしてわたしは本作を、父と子(擬似家族)の物語だとは思っていなくて、ジョエルとエリーという人と人との物語だとずっと思ってきたから、ドラマでもそれを感じられたことに救われています。本当に、すばらしい作品が、すばらしい環境でつくられていることはこんなにうれしいものなのかと…、これが当たり前になってほしいし、そういった意味でも本当に、本作はこれからの時代のために必要な作品であるように思いました。関係しているすべてのひとに感謝したいし、そしてありがとう、ノーティードッグ。大好きです、ノーティードッグ。わたしはノーティードッグが大好きなの!!
そして『MAKING OF THE LAST OF US』を今日観ました。ゲーム版の1,2のディレクターを務めたニール・ドラックマンが早速「ゲームと無縁の人はこの物語に決して出会わない」と発言していて、この方がドラマの製作にも携わってくれたことがとても有難かった。こんなふうにも語られます、「創作物は社会の状態を映し出す」「それらは私たちの理解の手助けをし、私たちを分断する高い障害を乗り越える術になる」わたしが本当に本当にずっと思っていることでした。ありがとうThe Last of Us、本当に大好きです。S2が本当に楽しみ。
(ドラマ好きだった人たち、ぜひTLoUプレイしてください、今の倍は気持ちが大きくなります。プレイする環境がなかったらYouTubeで映画みたいなまとめ動画をつくってくださっている方もいるので観てください。)
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