①なんたる失態だ。
私は慨嘆した。
(学童期から尊敬する夏目漱石の影響を受けて
いささか古風な話し方になっている。
(さいくんとの結婚記念日。
せめて今日中に一言だけでも連絡を…と思ったが忙しすぎて暇なく。
これは環境の罪である。
「ひきの栗原が当直の夜はいつもの1.5倍急患が来る。」
「戸村看護士、そのジンクスは私の罪ではない。」
無念、夢十夜。
(同期の怪物。古狐、大狸。
「我が脳中に蟠踞(ばんきょ)する。」
「智に働けば角が立つ、上に名を刺せば流される。」
「ドクトルおはこの草枕だ。」
「意地を通せば窮屈だ。」
「兎角に人の世は住みにくい。」
「住みにくい、かんぱーい。」
「モルヒネはこれ以上増やせば呼吸が止まるかもしれない。」
「たとえ医者でも患者が亡くなることに慣れることはない。」
えらそうに白衣を着て歩き回っているくせに、痛みひとつ満足に取り除いてあげられなかったのだから。
「どう話すか考えるのだ。治療だけが医者の仕事ではない。」
(同じアパートに住む、友人、学士どの。
神童と呼ばれるほど頭がよく、東京の大学を受けたが、私立も国立も全滅。親兄弟に言えず、嘘をついた。もちろん友人にも。しかし、そんなことは知っていた。なぜなら、その大学には文学部はないからだ。
「だが、それがなんだ?貴君の探究心は本物だ。貴君の博識は事実である。」
「学問をおこなうのに必要なのは何だ?学歴ではない、気概なのだ。天才ではない、熱意なのだ。」
島崎藤村“夜明け前”
「明けない夜はない。止まない雨はない。これが今生の別れではない。」
(同じアパートに住む、友人、男爵。
友の門出に桜を描いた。
(一止。いちと。
合わせて正しい。遊び心でつけた名前。
「このままで。」
(今の医療を最大限使えばあと2日命を取り留めるかもしれないが、肋骨は折れ、ボロボロになって苦しい思いをする。どうするか、たった数秒で医師は動かなくてはならない。
(病になって最も辛いことは孤独であるということです。
(こんな田舎な病院で立ち止まったままで医者として本当にいいの?
「お言葉を返すようですが、戸惑い苦悩した時にこそ、立ち止まらなければならぬ。立ち止まり、己が踏むその土に己の土を精一杯打ち込め。さすれば、大切なものどもが顔を出す。簡単に言えば、そういう心境なので。」
②
(血液内科、進藤辰也。通称、たつ。
信濃大学医学部同期、唯一の友人、将棋部の好敵手、医学部首席で卒業、帝都大学記念病院の研修を勝ち取った秀外恵中の男。
「都落ちならさらにめでたい。出世より人間でいられる。」
「さもありなん。」
(いかにもそうであろう、たしかになどと等しい意味。)
(年に3日。当直もあり、担当患者が急変すれば駆けつけなければならない現実。たつと奥さん(千夏)の間に子供が産まれ、産休明け、新しい医療機器に薬剤、浦島太郎状態の奥さんは過労で倒れ、一日休んだ。その間に急変した担当患者に付き添えず、患者の保護者から命に変えても医者であれと責められ、千夏は子供をベビーシッターに預けて、残業をこなした。その代わりに僕が早上がりをしたりして家事を行っていた。夫婦間でも言い合いが絶えなくなった。
「医者は医者である前にひとりの人間なんだ。」
「良心に恥じぬということだけが、我々のたしかな報酬である。」
誠に業腹である。
「治療に患者を合わせるんじゃない。患者に治療を合わせるんだ。」
③「よもやそれはロマンロランのジャン・クリストフではないかと。」
「ジャン・クスリストフ、ある音楽家の生涯を描いたフランス文学の金字塔、ベートーヴェンをモデルにしたと言われているが定かではない。」
「天金の輝き」
「芸術家とはいかなる嵐の中でも常に北を指し続ける羅針盤だ。ジャン・クリストフの一説です。たとえ今は嵐でも、共に北を目指しましょう、榊原さん。」
④
(パン屋とのあだ名を持つ准教授。
10人の子供たち、腹をすかせ飢え死にしてしまいそうなのに、パンはひとつしかない。
さて、どうする?ひとつのパンを10等分?それではみな助からない。一番弱ってる子に与えるか?私なら、一番生き延びられそうな子に与える。
(急に歌い出す市原隼人、最高。そして、うまい。
鬼切との異名をもつ。
「君とは年季が違うのよ〜〜♪」
「医者のうろたえが患者には一番堪える。」
「かの明治の文豪、夏目漱石はこんな言葉を残している。真面目とはねぇ、君、真剣勝負の意味だよ。」
(医者は魔法使いではない。だから絶対とは言えない。けれど全力を尽くす。その言葉だけでも充分。
「大学病院から権威と駆け引きを除いなら
塵芥しか残らない。」
(真面目=ルールを守ることではないんだなぁ。市原隼人、なにしててもかっこいいわ。
(パン屋。実はパンはたんまりとあるが、大学病院では配ることさえ忘れている。私ならそれをぶんどって、飢えた子供達に与えます。もうパンの話は結構です。
よくぞいった!笑
「私はね、栗原くん多くの医者が一丸となった医局よりまとまり切らない困った医者がたくさんいる医局の方が優れた医療を提供できると思う。」