インド映画の歴代興収ランキングTOP10をほぼ制覇したので(日本に入ってきておらない『Tiger Zinda Hai』だけ未見)、お次は中国を漁ってみるかってんで手始めに見てみたのが中国歴代1位の本作『1950 鋼の第7中隊』。興行収入は脅威の1130億円。わーくにが誇る『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の3倍近い数字だ。中国の映画市場が秘めたるポテンシャルの高さをあらためて思い知らされる。
座組もすごい。共同監督をつとめるのは、俺の大好きな『さらば、わが愛/覇王別姫』を撮ったチェン・カイコー、ワンチャイシリーズの監督や男たちの挽歌シリーズの製作でおなじみツイ・ハーク、そしてダンテ・ラムの3人。最後の人は申し訳ない、存じ上げないのだけれど、フィルモグラフィーを見るに多数の大衆娯楽映画をヒットさせてきた巨匠ポジションの監督らしい。はっきり言って、このメンバーで撮った映画が面白くならないはずがないのだが、結果は…(笑)。主人公の伍千里を演じるのはウー・ジン。近いうちに見る予定の『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』の監督・主演をつとめた人で、この映画は本作に次ぐ中国歴代2位の興収を叩き出している。
本作『1950 鋼の第7中隊』はタイトルに付された年号からもわかるように朝鮮戦争を題材にした映画である。中国人民志願軍が米軍ひきいる国連軍を潰走させ、結果的には戦争のターニングポイントとなった「長津湖の戦い」をフィーチャーしている。「中国vsアメリカ」の構図というだけですでにヤバいのにこの映画、なんと中国共産党の成立100周年を記念して作られた作品でもある(笑)。実際に当局の全面バックアップによって製作され、人民解放軍から7万人ものエキストラを借り受けたらしい。
単純にここだけ切り取ってしまえば、反米感情をいたずらに煽り立てる中国政府の露骨なプロパガンダ映画だと思うだろうが、中身を見てみるとそこまでひどくはない。なかでも敵国であるアメリカの描き方が特徴的で、たとえばインドの『RRR』のように、倒すべき敵を救いようのないゴミクズとして描き、主人公がそいつらに痛めつけられるさまをさんざっぱら見せつけておいて、のちにぶっ殺した時のカタルシスを最大限まで高める、なんてな操作をこの映画はほとんど行わない。それでいて、米兵たちが物言わぬゾンビやエイリアンのような単なる的として描かれているのかというとそれも違う。本作に出てくる米兵たちは、兵舎で出された感謝祭のごちそうに舌鼓を打ち、仲間と他愛のない日常会話を交わすフツーの人間でしかないのだ。でもまあこれに関しては朝鮮戦争という題材のせいもあって、中国もアメリカも戦争の当事者ではないので、お互いを憎むべき敵として描くことはどうしたって難しかったのかもしれない。
作品のテイスト的に近いのは、フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』だろうか。アメリカの侵攻を食い止めるために北朝鮮へと向かった中国軍の列車が空爆によって使えなくなり、兵士たちは徒歩での進軍を余儀なくされ、方々で凄絶な戦闘に巻き込まれる…といった地獄めぐりのスタイルを本作はとっている。
なんだけど、とにかく致命的なのがこの映画、ジゴモクと違って印象に残るエピソードが何一つ存在しない。本作は基本的に「兵士たちに危機が迫る→それを暴力でもって解決する」のパターンをひたすら反復するだけで、激しい戦闘描写を通して人間の本質を抉り出してくることもなければ戦争の不毛さを浮き彫りにすることもない。そこにはただただ敵をやっつけて得られるアクションゲーム的な単純刺激だけがある。ごくまれに差し挟まれる箸休めのパートも文字通り箸休め以上の役割を持たない。「戦争映画なんて元々そんなもんだろう」と言われりゃあそれまでなんだけども、今の時代にこの手の単細胞な戦争モノを見て無邪気にワーワー喜ぶというのはちょっとどうかと思う。
第七中隊の隊長・伍千里の弟である万里が戦争の中で成長していく物語だ、ということはできる。けれども、それだっていわゆるビルドゥングスロマン的な成長ではなく、右も左もわからないヒヨッコから忠君愛国の精神を刷り込まれた殺人マシーンへと変貌していくプロセスを描いたものでしかない。でもこれ、プロパガンダ映画の解答としては100点満点なんだよなあ(笑)。クライマックスの米軍本部での戦いにおいても、仲間を守るために自らの身をなげうつ兵士たちの尊さやホモソーシャルな絆、といったお定まりの光景がえんえん強調されるので正直うんざりしてくる。
最後は米軍を撃退し、仲間の死を悼んでメデタシメデタシ、かと思いきやその後に短いエピローグがある。敗走していく米軍の行列が雪に埋もれた何かを見つける。恐る恐る近づいてみるとそれは銃を構えたまま凍死した多数の中国兵だった。死体に向かって敬礼する師団長のモノローグとともに映画は終わる。
「これほど強靭な意志を持つ敵に我らは永遠に勝てない…」
って、なんなんだよこのオチは!? 自分らで言わせておいて恥ずかしくならんのか…。画面が暗転した後には「中国人民志願軍の功績は色あせない」かなんか言って過去の栄光を讃えるスーパーインポーズが入るし、エンドクレジットのバックに「アメリカを打ち負かせ」などと連呼する愛国ソングが流れるあたり、これはもうプロパガンダ映画以外の何物でもないわけだけど、自国を自画自賛しまくる一方で、(先述したように)敵国のアメリカを一面的な悪として描かないところに好感が持てる作品ではあった。
他にも、飛行機からの爆撃をやり過ごす岩場の場面における演出の驚異的なダサさ(米軍パイロット2人が画面の左上と右上に表示されたバラエティ番組風味のワイプ越しに会話をする、とかいう目を疑うような光景が現出していた)や、ロシアの名作戦車映画『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』をもろパクリしたとしか思えない戦車戦の演出などなど突っ込みたいところがたくさんあったのだけれど、キリがないので打ち止め。
ちなみに本作には『1950 水門橋決戦』という続編があって、1作目でカットされてしまった長津湖の戦いの続きが描かれているらしい。ちょうど先週からレンタルが始まったようなので皆さんもぜひ。俺は見ないけど。