KnightsofOdessa

ピンク・クラウドのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

ピンク・クラウド(2021年製作の映画)
3.5
[コロナ時代の人間生活] 70点

冒頭でこんな言葉が登場する。この映画は2017年に執筆され、2019年に撮影されたものであり、現実とのリンクは偶然である、と。この"現実"とはコロナ禍のことを指している。本作品はSF映画のはずが、その世界が早い段階で現実になってしまったタイプの珍しい映画なのだ。扱っているのはウイルスではなくピンク色の致死性ガスであり、それが突如として充満した世界で、ブラジルに暮らすある男女は唐突のロックダウン生活を迫られることになる。しかも、パーティで昨日出会ったばかりの男の家で起きたその日に。しかし、デパートやパン屋に缶詰になってしまった人もいることを考えると、ベッドやパソコンがある空間に居ることができただけでも最低限幸福と言えるのかもしれないと思えるのが心底恐ろしい。

本作品は冒頭以外同じ家の中で展開していく。代わり映えのしない景色の中で、同じような毎日を繰り返すことで時間感覚が麻痺していく様が、本作品では大胆な時間省略として有効的に用いられている。次の日みたいな感覚で5年位経ってたシーンは流石に背筋が凍った。その間、ヤーゴとジョバーナには息子リノが生まれるが、彼の成長度合いしか時間を測る尺度はない。彼らは自分たちのことを"インドの夫婦"と表現していた。これは、結婚まで一度も会うことなく、結婚して初めて互いを知りながら生活を共にしていくことを指している。しかし、彼らの場合親に決められたわけでもなく、自分たちで決めたわけでもなく、他に誰もいないからという曖昧な理由でなし崩し的な人生が転がり始める。

ここで興味深いのはリノの人生だろう。リノにとって"ピンク色の雲"は生まれたときからそこにある、いわば生活の一部である。だから、スタンタードが一新された世界にも順応している。子供を欲しがったヤーゴはそこを評価しているし、彼の思考はある種の冷徹さを持っていて、ある意味で"ピンク色の雲"のおかげで欲しかったものを全て手に入れたことに満足している。しかし、誰も家から出られないのであれば、両親亡き後の人生は孤独だろうと子供を欲しがらなかったジョバーナは嘆く。確かに彼女の言うことは一理あるのだが、"出来ないことは出来ない"とする父子の姿勢は順応した結果とも言えるので、外の世界を知らないリノにとってはジョバーナの参照する"元の世界"こそ理解を超えているのだろう。

息子リノが成長していくという長い時間の中に、夫婦の関係者の人生も転がっていく。介護士と缶詰になったヤーゴの老齢の父親は、介護士が亡くなってしまったことでボケが進んでいき、同級生宅で缶詰になったジョバーナの妹は、家の持ち主である同級生父が缶詰になった娘の友人を妊娠させたと報告してくる。彼らの挿話や主人公たちの挿話が回収されないのも、未だに続いていて先の見えない閉塞感漂う現実と見事にリンクしていて、陰鬱としてくる。
KnightsofOdessa

KnightsofOdessa