けんたろう

勝手にしやがれ 4Kレストア版のけんたろうのレビュー・感想・評価

5.0
劇場が喫煙可であった時代に観たかったおはなし。


臭くもなく鈍くもなく、軽妙に、洒脱に、銀幕の上を躍動するベルモンド。車に於いても家に於いても一箇に固執することが無く、又た軽快なる一挙手一投足が中途で愚図ることも無く、許りか台詞さへも垢抜けてをり、何処までも洒落た都会人の風態を見す。大胆で粋なる其の姿は、とにかく格好がいゝ。

無論ベルモンドだけではない。演出の範疇に在らう物も、実にさっぱりせられてゐる。中でも"ジャンプカット"は格別。此れに因りて、彼れの軽やかな動きと台詞とは、一層洗練せられてゐる。
抑〻、人や自然は、常に変はるもの。何時かに留まることは決して無く、一刻々々変化をするもの。然れば、飛躍するやうにカットが繋がる此のフイルムは、成るほど不自然にも見ゆるが、然し寧ろ自然である。途切るゝことの無い時間の流れを敢へて断絶し、即ち不自然なる表現を為すことで、自然を強調せられてゐる、とでも云へるかも知れない。乙つである。

処が、其んな洒落たベルモンドも、一とたび惚れた女の前に立てば、無様な姿を曝け出す。又た、コロコロと変はりゆくカットの妙も、彼女の前では敢へなく停止をす。
変化が止まれば、当然、反復せざるをえない。彼れほど格好よかった彼れも、愈〻滑稽劇を演ずる羽目に成る。然うして最後には──悲しい哉、此れが男の宿命なんであらう。映画の面白さと男の果敢なさとが、此処には詰まってゐる。何んだか、ひどく胸に染み入る結末及び物語りである。


嗚呼、而して女よ! 全く、何んと冷酷な生きものであらうか!

貴方のことを愛してゐるのかゐないのか、私しには其れが判らなかった云々……だから其れを今まで確かめてゐたのだ云々……然うして此のやうな行動を執ってしまったといふことは、屹度私しは貴方を愛してゐないのだらう云々……

畜生、女め! 極めて正常なる女性め! 命懸けたる男を、御託を並べていとも簡単に突き放せる其の冷静さめ! 国も時代も現も超えて、私しはベルモンドに深く同情をする! 此の口惜しさたるや!

──嗚呼ぁ、最高だぜ。