てんさん

ある夜、彼女は明け方を想うのてんさんのネタバレレビュー・内容・結末

3.8

このレビューはネタバレを含みます

やっぱり〈彼女〉は、ずるくてひどくて弱い女性でした。
でも欠落した部分を埋めたくなる気持ちすごくよくわかるし、この一連の出来事を「〈彼女〉は最低な女だ!」で終わらせたくない気持ちのほうが勝ってしまいました。

自分の人格って、近しい人の性格が混ざり合って形成されてると思うわけです。
中でも、恋人で形成される割合ってかなり大きいと思うわけです。
いちばん自分の深いところまで入ってくるから。

自分も無意識に打つLINEの絵文字や記号に、書く文章に、話し方に、ふとした行動に仕草に考え方に好きな色に、恋人の存在を感じることってよくあります。
それに気づいた時、少し嬉しくなります。

〈彼女〉が〈僕〉を誘ったやり方が〈夫〉の真似だと暴露された時、あぁやっぱり、と思ってしまいました。
どんなに邪険にされても確かに〈彼女〉の中に〈夫〉は存在していました。
本編で2人が過ごした数年間は、「〈僕〉と〈彼女〉の刹那的な時間」ではありませんでした。
「〈彼女〉が〈夫〉に成りきって、〈僕〉を〈彼女〉に見立てて、自分たちが結婚するまでの3年間を追体験していた時間」でした。
どこまでいっても、〈彼女〉の心の中には〈夫〉しかいないように自分には見えました。

〈彼女〉は〈僕〉に対して、「ちゃんと、すごく好きだったよ」と言いました。
ナレーションで、あの言葉に嘘はないとも言っていました。でも自分は嘘だと思いました。
少なくとも、〈夫〉に抱いている好きとは異なる感情だと思いました。

〈彼女〉は〈僕〉に対して、「〈夫〉に支配されている時の〈自分〉」を重ねていただけだと思いました。
〈僕〉の従順さに、鏡に映った〈自分〉を見ているような感覚になっていただけだと思いました。
そういう意味での”好き”だったように感じてしまいました。

〈彼女〉はもう今まで自分が見たことないくらい、ずるくてひどくて弱い女性だと思いました。
でも〈彼女〉が婚約をするより以前に、着ていた服装や髪型や表情、仲がいい友人のタイプから察するに、きっと〈彼女〉は純粋で素直な女性だったんだと思います。
〈夫〉が〈彼女〉の中に混ざってきたことにより、歪んでしまったんでしょう。
この感情はきっと間違っているけれど、そんな〈彼女〉を少し愛おしいと思ってしまいました。
そして同時に、”憧れ”から始まる恋愛の恐ろしさを感じました。

〈夫〉に抱かれながら罪悪感で泣いてしまった〈彼女〉を見て、この一連の出来事を「〈彼女〉は最低な女だ!」で終わらせたくないな…とやっぱり思ってしまいました。

あと、「これからも自分の人生を生きてよ。できれば俺の横で。」って言葉。
〈彼女〉には絶対にそれができないことを、絶対にどこにも行けないことを分かっていて、そう言ったように見えた。
あれは優しい言葉なんかじゃなかった。自分に盲信している〈彼女〉を見下していた。絶対に支配欲だった。
やっぱり元凶はこいつで、つくづくずるくてひどくて悪い男だな、とニヤリとしてしまった。
てんさん

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