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TAR/ターのzhenli13のレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
3.6
前半の緊張感に対して告発で瓦解してからの描き方はちょっと短絡的というか典型的というか、そういう勿体無さはあるなと思った。これだけ長いのだから後半も変にエモーショナルな演技を入れないで、前半の名状しがたい緊張感を保った上で最後のシークエンスへ行ってほしかったかも。まぁあのケイト・ブランシェットの演技ゆえに衝撃を増して評価されてるのかもしれないけど、個人的には「壊れた」演技はさせないでほしかったな。
急激に冷遇される感じ、会議の場へ行けば全員から冷たい視線を向けられたり、下校する娘を校門で待ち伏せしたらパートナー(ここでは既に関係は解消されていることが伺える)に娘を奪い取られたり、時間の経過を省略するのはいいとしても、いわゆるキャンセルカルチャーを表すものとしてやや直球過ぎると思った。

序盤から舞台でのトークのシーンでのリディア・ター(ブランシェット)の持論や、業界仲間との昼食でのハイエンドな音楽談義に矢鱈と時間を割いており、トークのシーンなどは舞台上のインタビュアーとブランシェットをひたすら切り返し、それ以外のショットをほとんど挟まない。昼食シーンも同様で、明らかに会話の内容を聞かせようとしている。会話の内容が音楽に造詣が深い人でないとあまり興味を持てない内容(本作はフィクションでありながら、その会話によって実在の人物やエピソードを交えて構築されているのは素人でもわかる)であることを承知で、長々と聞かせている。それはどこかうっすらと滑稽ですらある。
このあとの若手育成プログラムでの指揮者志望らしきパンセクシュアルを自認する若者とブランシェットとのやりとりが面白い。長回しでほとんどワンカットで撮っていて、舞台上から客席へ、また舞台へ戻りピアノを弾くところまでカメラが追ってゆく。ここでの長台詞とリディアの人となりを示すような優雅で尊大なオーバーアクションがケイト様の面目躍如となる。この一部始終がのちに「切り取られる」ことで、彼女を失墜させる一因ともなる。しかし我々は一部始終をワンカットとして見せられることで、彼女が(その件に関しては)悪いと一概に言えないことを知るところとなり、切り取られることの怖さを同時に知ることとなる。

この作品を観る前に、批判的な感想をいくつか目にした。
そのなかに、レズビアンという圧倒的非対称におかれた存在がまたも加害者として扱われスティグマ化される顛末には何ら新しいところがなく寧ろ当事者を傷つけるもので、またその「都落ち」としてのアジア圏の描かれ方も差別的というか旧来のそれと変わらない、というものがあったように思う(もう一度見ようと探したが見つからず)。

たしかに、レズビアン死亡症候群とも呼ばれる過去の(特にヘイズコード下からの)無数の作品での処遇と同様ではある。しかしこの作品は「批判もでき擁護もできる危うさ」のような仕掛けを随所に設けており、ラストの捉え方も一概には言えないところはある。
ひとつ言えるのは、ブランシェット演ずるリディアに対する世間の冷遇は、やはり非対称性によるバイアスもあるのではないかと言うことだ。
自分の立場を利用して楽団メンバーを恣意的に解雇させたり、または好意を持った女性を楽団の中で取り立てたり(一方でおそらく)捨てたり、おそらく彼女に好意を持っているノエミ・メルランを助手として顎で使い冷遇したりといったことから怨嗟を買いSNSでの告発に遭う。
こういった行動がもし男性によるものだったら、ここまで簡単に凋落させられたかどうか。
男性の方が、コネクションや組織による擁護や隠匿はあり得るのでは。
あり得た、という方が正しいかもしれない。MeToo以後のキャンセルカルチャーから、男性だろうとあっという間に断罪の対象となり表舞台から姿を消すニュースは多々見られる。つい最近も。
とはいえとくに本邦で、そうはいかないケースもいまだに多く見られる。男性からの性暴力を告発した被害者への二次被害を経ながらようやく法が動くケースもあるし、告発しても上手く隠匿されメディアから有耶無耶にされてしまうケースもある。

それが、たとえ権力を持ったとはいえ、その「加害者」が女性である場合、しかもセクシャルマイノリティである場合、組織はその手をパッと簡単に離すかもしれない。
ということをこの作品は示しているのではないだろうか。

その後の都落ちとしての東南アジアの扱われ方は、私も腑に落ちないところがあった。特にクラシック音楽畑が舞台であることもあり、西欧中心的なエスノセントリズムの域を出ない。そのことが透明化されるようならアジアに対するハリウッドのコンプライアンスはまだまだだし、その意味からも『エブエブ』とミシェル・ヨーらの受賞はこれからを示すものとして然るべきものと言える。

にしてもケイト・ブランシェットのダボッとしたズボンとつま先の丸い靴との組み合わせが好かった。あとノエミ・メルランのリアクターとしての役割、ブランシェットのやってきたことを全て見てきたということを視線だけで表してるのとても好かった。
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