イルーナ

モリコーネ 映画が恋した音楽家のイルーナのレビュー・感想・評価

4.8
映画音楽最大の巨匠モリコーネへの、愛と称賛のドキュメンタリー。
巨匠の朝は早い。冒頭、毎朝4時に目覚めストレッチ。曲を作っていくその真剣なまなざしに心打たれる。
仕事部屋の圧倒的物量の書物は、まるで頭の中を覗き込んでいるかのよう。
生前のご本人のロングインタビューに関係者のインタビュー、そして彼の手がけた作品の映像でその功績を振り返る構成ですが、その道の巨匠たちがこぞって称賛していることから、いかに彼が偉大だったかよく分かるというもの。
映画音楽というジャンルを切り開いたパイオニア、モリコーネ。
今でこそ耳になじんだ曲ばかりだけど、当時は前衛的だったんだな。
缶を鳴らしたり、水しぶきを表現するためにバスタブに水を張って色々と試す……などなど。
「ノイズもまた音楽なのだ」という言葉が印象的。こうやって色々と実験するからこそ、新しい音楽が生まれる。
監督や編集よりも作品を理解しているという証言からも、いかに作品の本質を見る目が優れていたかがうかがえる。
小学校の同級生だったセルジオ・レオーネと再会し、映画史に残るベストパートナーになる件は運命的。
一方で、『時計じかけのオレンジ』の音楽を担当するはずだったのが実質レオーネに阻止されたというエピソードは驚きでした。
もしモリコーネが担当してたらどうなってたんだろう……?
当時無名の新人だったジュゼッペ・トルナトーレ(本作の監督)との出会いのエピソードも、どれだけ人を見る目が確かかよく分かるエピソードでした。

しかし、昔は映画音楽の地位が恐ろしく低くて、アカデミックな世界から映画界に行くことは売春に身を落とすレベルの扱いを受けていたというのは現代の目線だと衝撃的。
他にも、アカデミー賞に尽く嫌われ続けて、07年にやっと名誉賞、16年に作曲賞というのは、それまでの功績の偉大さを振り返ると罪滅ぼしにしか見えない……
でもアカデミー賞の受賞作リストを見てると、「どうして映画史に残るあの名作が受賞してないの?!」「この作品受賞するほどか……?」というケースがあったりするんですよね。
映画秘宝でアカデミー賞の保守性が取り沙汰されたことがあって衝撃を受けたのですが、これ見てるとやっぱりそうだったんだなって。
10年おきに映画音楽をやめると言い続けながらも続けていたら、歴史にその名を刻んでいた。
本当に映画音楽の歴史をゼロから切り開いたパイオニアだったんだな……

そして何といってもやはり、手がけた名曲の数々を映画館で堪能できるという贅沢な音楽体験!
日本未公開の作品も色々紹介されてて、資料的な価値も高い。
最初の方の、食べるためにトランペットを演奏することの屈辱と苦悩の場面で、かの問題作『ソドムの市』のテーマ曲が使われていたのはポイント高い。
結婚した時には『ペイネ 愛の世界旅行』のテーマ。よき奥様を得たモリコーネにふさわしい。
一躍その名を知らしめたマカロニウエスタンの曲の数々、特に『黄金のエクスタシー』でテンション爆上がり!まさに選手入場!って感じで。
『ウエスタンのテーマ』はどこまでも神々しく。「一つの時代の終わりと始まり」をここまで美しく表現できた曲は他に知らない。
後半は知名度の高い作品も多く出てきますが、『黄金のエクスタシー』と並んで高揚感抜群の『アンタッチャブルのテーマ(ED)』のエピソードが面白い。
候補の中では一番出来が悪いと思っていたら選ばれたという。パンフを見てたら結構ある事例らしいのが面白い。
さらに『ガブリエルのオーボエ』『デボラのテーマ』『ニュー・シネマ・パラダイスのテーマ』など、怒涛のラインナップでもう本当に、涙がにじみ出てくる。
彼の音楽って、こんなに人の心を動かすんだなぁ……壮大でありながらも、心の琴線に触れ包み込むかのような優しさ。どれも聴いてるだけで心洗われそう。
それだけに、出演者の中で一人だけテンションが違うタランティーノが出てくると笑っちゃいます。あ、彼らしいなって感じで。
「映画音楽・作曲家のレベルを超えている!彼はモーツァルトであり、ベートーヴェンであり、シューベルトなのだ!」
やたら大袈裟……いや熱く語るタラちゃんに対しモリコーネの「それが分かるのは200年後だ」という返しがクールでカッコいい……!

この偉大なるマエストロは2020年に逝去してしまったけれど、その音楽はこれからもずっと親しまれ続ける。
終盤で、ライブ会場で流されたりアレンジされたりする名曲の数々が、それを物語っているかのようでした。
ありがとう、マエストロ……
イルーナ

イルーナ