マヒロ

評決のマヒロのレビュー・感想・評価

評決(1982年製作の映画)
5.0
シドニー・ルメット監督の作品は『十二人の怒れる男』『質屋』『狼たちの午後』『セルピコ』と観てきて今作が5作目。舞台も時代も違う作品ばかりだけど、この『評決』に至るまで一貫した主人公像があって、それは今作でも変わらず貫かれている。
どの作品にも共通しているのは
・周りから孤立した立場に立たされるが、信念をもって徐々に周りを巻き込んでいく
・白黒どちらとも言えない存在である
という点。
後者に関しては、主人公が必ずしも正義であるというわけではないが悪いやつでもない…ということで、そもそも銀行強盗犯な『狼たちの午後』は聴衆を巻き込みカリスマのような扱いになるし、『セルピコ』は自分が正しいと思ってやっていることで身の危険を感じるまで追い詰められ周りに当たり散らしたりする。善人っぽい『十二人の〜』の主人公も、一人だけ犯人の無罪を主張するが確固たる証拠を持っているわけではなく、あくまで確信が持てないから有罪にしてしまうのは早計だと思っているだけで、心の底から被告の少年を信じている聖人ではない。
このグレーな人物像がルメット監督作品の一番の魅力で、単純に良い人・悪い人で分けられない人間臭さがとても良い。

今作の主人公であるフランク(ポール・ニューマン)は落ちぶれた弁護士で、昼間からバーに入り浸って酒を飲みながらピンボールに興じたり、知りもしない人の葬式に潜り込み、亡くなった人の知り合いを装って仕事を探したりと、おおよそまともとは言い難い男。
そんな彼を見てられなくなった先輩弁護士のミッキーは、出産時の医療ミスで植物状態になった女性に関する訴訟の仕事を持ってくる。明らかに病院側に過失がある上に、バックにカトリックの大きな教会を持つ病院側は巨額の示談金を提示してきており、原告である被害者の妹もそれに納得しており、難しい事なく終わるような仕事であった。
勿論それに飛びついたフランクは、もっと示談金を引き出せるだろうと邪な考えで被害者の病室に忍び込み、ゆすり用なのか哀れな彼女の姿をポラロイドカメラに収め始める。しかし、出産という人生最大級の希望を無残にも打ち砕かれ、巨大な機械に繋がれてピクリとも動かずに、ただ生きていることを示すように無機質な呼吸音だけを響かせる彼女を見たフランクの中に、静かに何か強い正義の感情が芽生え始める。このシーンはほとんどセリフがなく、現像された写真にジワジワと色味が増していく様子を映し出しているだけなのに、心情の変化が手に取るように分かって、シンプルな巧さに舌を巻いた。

正義に目覚めたフランクによって物語は好転していく…のかと思いきや全くそんなことはなくて、むしろ悪い方向に向かっていく。
示談を真っ向から拒否し、病院の隠ぺいする事実を暴き出そうとするフランクに対し、病院側は力のある弁護士のコンキャノン(ジェームズ・メイソン)を雇って徹底攻勢の姿勢を示し、更には反抗的な態度を取ったおかげで判事まで敵に回してしまう。おまけに、生活に困窮し確実にお金が欲しかった原告の妹夫婦にも勝手なことすなと怒られてしまい、あっという間に孤立してしまう。正義を貫くか利口になって見て見ぬ振りをするかの天秤で、フランクが選んだ前者はとんでもない茨の道だった。

それでもフランクは必死に証拠や証人をかき集めるが、食えない男であるコンキャノンは部下を使って密かに根回ししており、彼の努力をことごとく潰して回る。裁判前日になっても全く準備が整わないフランクは観念して判事に開廷の延長を頼むが、完全に彼を敵視する判事は取りつく島もない。完全に追い詰められたフランクは、絞りかすみたいな武器だけで食らいつくしか無くなっていく。

この映画は良くある法廷モノとは違い、華麗な大逆転や手に汗握るミステリーなんかは無く、ひたすら地味であることは間違いない。あのポール・ニューマンが演じているのにも関わらず、主人公だって情けない姿を晒し続ける。
ただ、どんなに追い詰められて滅多打ちにされ、最悪の状況になってたとしても、権力や名声・金なんかに物を言わせて立ち塞がる野郎どもに、打算も私欲も一切無しでもがきながら立ち向かっていく姿は、どんな主人公よりも高潔で格好良く見えた。
ラスト、人生酸いも甘いもの酸いばかりを味わってきた男が、自分の人生をかけてぶつ渾身の演説は最早一か八かでしか無いんだけど、法廷という場で、法律とかそういうものの垣根を超えた、人間としての心に訴えかける素晴らしいスピーチだった。…今改めて冷静になって考えてみると、口で何とでもなるなら裁判やる意味あるのかという気もしてしまうが。ルメット監督は、密かにそこも描きたかったのかもしれない…というのは考えすぎか。

何にせよ、地味な作りからは想像も出来ないほど深い感動を味わうことが出来た作品だった。今のところルメット監督作は一本もハズレが無いどころか全部傑作ばかりで畏れ入る。

(2019.85)
マヒロ

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