櫻イミト

芸術と手術の櫻イミトのレビュー・感想・評価

芸術と手術(1924年製作の映画)
4.0
「カリガリ博士」(1919)のロベルト・ヴィーネ監督と”眠り男”コンラート・ファイト主演によるオーストリア製サイコ・ホラー。原題は「Orlacs Hände(オーラックの手)」。

世界的なピアニストのオルラック(コンラート・ファイト)は列車事故に遭い両手を失う。名医によって別人の両手を移植するが、それは死刑になった殺人鬼ヴァスールのものだった。そして巷で起こった殺人事件の現場からヴァスールの指紋が。。。

研ぎ澄まされた光と闇のコントラストが素晴らしい。同年にファイトが出演した「裏町の怪老窟」(1924)は”ドイツ表現主義映像の頂点”と謳われているが、本作は”究極のドイツ表現主義映画”と表せるのではないか。

序盤の列車事故の前後はフィルム・ノワールを思わせる、エッジの効いた陰影の写実主義。それが、大手術から経過するにつれて表現主義的に移り変わっていく。ここからが”究極”のポイントで、それまでの表現主義にありがちだったゴチャついた装飾は極力排され、ガランと空いたスペースを光と陰で画面構築しているのだ。能の美学に通じるアートな画面と言っても良い。気になって撮影監督を調べたらギュンター・クランフという人物で、手掛けた作品は「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922)「パンドラの箱」(1929)など。これには膝を叩いた。オーストリアの撮影監督なので、本作を主導したのはこの人物だったのだろうか。

シナリオも演出も秀逸だった。終盤は伝説の連続活劇「ファントマ」(1913)からの引用があり、明確に指摘はできないが全体の世界観も類似があるように感じられた。鑑賞に際して玉に傷なのがテンポがスローで長尺なこと。見方を変えれば、これも能の美学に通じていると言える。全てのカットをじっくりと堪能してほしいという制作者の狙いなのかもしれない。

悪夢と白昼夢を交互に観ているような、シュールなアートホラー。


※原作はフランスの同名小説「オルラックの手」
※後に「狂恋・ゴーゴル博士」 (1935)としてリメイク。
櫻イミト

櫻イミト