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苦い涙のnetfilmsのレビュー・感想・評価

苦い涙(2022年製作の映画)
4.1
 オリジナルは言うまでもなく、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの傑作『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』だが、女性同士の室内劇を男性同士の室内劇に置き換えている。フランソワ・オゾンはそれだけに飽き足らず、ファッション・デザイナーだった主人公の職業を映画監督に置き換えることで、自身の半自伝的な物語に位相をずらしながら、昨今の#metoo運動の被害者と加害者の関係性にも踏み込む。その意味では今作はファスビンダーの翻案というよりも、オリジナルを半世紀ぶりに丁寧にリ・アレンジした本当の意味でのファスビンダーへの愛情返しでもある。もともとファスビンダーの信奉者であったオゾンは、19歳の時にファスビンダーが書いた未発表の戯曲を原作とした『焼け石に水』で、自身の深いファスビンダー愛を隠そうとしなかったが、それ以降の『まぼろし』や『8人の女たち』以降の毎年コンスタントな活躍は記憶に新しい。然しながら2000年代の作風の男性から女性への目線とは打って変わった女性から男性への鮮やかな反転は、自身がバイセクシュアルだと公言し、妻を設けながらも黒人と愛し合う様なファスビンダーの奔放な性とは線を引き、ゲイである自身の信念を『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』で丁寧にリ・アレンジしたと見ることも出来るはずだ。

 そのことはペトラ・フォン・カントではなく、ピーター・フォン・カントとされる主人公の呼び名にも明らかだ。ペトラではなくピーター。ドイツ語ではなくフランス語にする辺りは極めてファンの多いファスビンダー信者を敵に回すような行いにも見えるが、ピーター・フォン・カント(ドゥニ・メノーシェ)は助手のカール(ステファン・クレポン)を奴隷のように扱いながら、3年ぶりに親友で大女優のシドニー(イザベル・アジャーニ)が連れて来たアミール(ハリル・ガルビア)に一瞬で恋に落ちる。目と目が合った瞬間に一瞬で恋に落ちる様子の仰々しいまでの描写はおそらく、トッド・ヘインズの『キャロル』同様にダグラス・サークのメロドラマへの影響下に他ならない。ある限定された狭い室内におけるピーターとアミール、カールとの何とも言えない関係性は愛の非対称性をこれでもかと言うくらい見せつけている。カールは言葉を発することが出来ないのか、ピーターの命令にも身振りで返すのみで、その様子はさながらAIのようにも『スター・ウォーズ』シリーズのC3POのようにも見える。そしてカールの雇用主であるピーターへの尋常ならざる思いは彼のサーク映画的な覗き見視線にも明らかだ。愛情とはかくも残酷で、かくも退廃的なものかという問いをフランソワ・オゾンは85分の室内劇の中に問う。

 終盤3人の女が登場し、走馬灯のような奇妙な目線で話し掛けるのだが、娘に冷笑的な態度を取るピーターの姿にブーメランのようなカールの姿には笑うが、全てが図式的でオリジナルの『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』のように定型をはみ出すような滲み出る表現がないのは残念だ。何日か経って思うのは、オリジナルのレズビアンをゲイに置き換える表現が物語の中では自然に見えても、若干の違和感が残る点である。然しながらハンナ・シグラの女王の帰還とおそらく、オゾン監督作品初登場となるイザベル・アジャー二の美しさに酔いしれる。
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