arch

生きててよかったのarchのレビュー・感想・評価

生きててよかった(2022年製作の映画)
4.4
最高だった

「人生出揃ってしまってもう何も変わらないことが分かった」、その瞬間こそが多分、今自分が恐れている瞬間なのだと思う。夢を追って頑張ってきた人生で、辛くて死にそうだが、どうにか"大切"なそれがあるから生きてられる。だけど大事にしてきたそれこそが今のどうしようもない自分を形成して、蝕んでいる。
この映画がいわゆるボクシング映画のようでありながら、『BLUE』や『UNDERDOG』、また多くのボクシング映画と明らかに別の"毒"を内包しているのは、「やっぱこれしかーね!!」というカタルシスに対して友人も好きな人も幼い頃の成功体験も、これまで積み上げたもの全部が本当にどうしようもなく自分を苦しめてる描き続けるからだ。それは主人公だけではなくて、幼少期の好きを無自覚に信じて依存したさっちゃん、そうちゃんに憧れて、依存して結局全部「そうちゃんのせい」にしているけんちゃんも変わらない。憧れた瞬間を彼らはひしひしと後悔する。
その圧倒的な残酷さと空虚さが圧倒的な身体性で伝わってくる。
『ロッキー』に憧れてなんでこうなってしまったのか、なんてのも考えた。最後にエイドリアンと叫び終わったロッキーに対して、本作はセックスのリフレインとしてさっちゃんはそうちゃんを、そうちゃんはさっちゃんの名前を呼ぶ。その無様さは比べてしまうと見るに堪えない。だが彼らはロッキーのようにチャンスは与えられず、自らを「世界」に証明する術を持ちえなかった。だからこそ虚しく「世界」を呼ぶのだ、「俺はここにいるぞ」と。
有終の美、華麗に散る、最高の死に方、表現は数あれど、俺はどうしてもそこに共感しきれない。だがまず間違いなく、自分に突きつけられるだろうアイデンティティ・クライシスの瞬間を描いた作品として、俺は目を塞ぎたくなる思いで最後まで見ていた。
ラストの対戦相手が『ベイビーわるきゅーれ』のラスボスと同じ役者という一点で、強者感を演出したのは偶然なのかは置いといても、全編見事な人物描写になっていて確かな見応えがある。

これをボクシング映画としてみるなら『BLUE』で良い。しかしこれはボクシング映画では描けない人生の呆気なさと圧倒的なフラストレーションをぶつけてくる極めて暴力的な映画として、「ボクシングが好き」ではなく「ボクシングしてる自分が好き」な男の限界は、「映画が好き」ではなく「映画が好きな自分が好き」な自分の限界に重なる。その意味で本作は私の中で傑作であり続けるだろう。
arch

arch