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PLAN 75の8637のレビュー・感想・評価

PLAN 75(2022年製作の映画)
3.9
参議院選挙で改憲派が選ばれる事もそうだが、望んでいない未来というのはやはり起こるものだ。変えられないものだ。僕は鑑賞前、この映画にも絶望していた。どんな地獄を見せられるのかと。しかし(映画自体は)怖くはなかった。だからあなたにも知って欲しい。

意志を失くした高齢者が死を望んでいても、その世代に恩義を感じる私たちが止めたいと思う。祖父や祖母の顔を思い出しそう願う。でも、知り合いだけ助かるのではなく、全員が等しく死を望まないようにあるべきだ。

苦境に立つ人々にジワジワとクローズアップしていくカメラ。時間はとてもゆっくりと流れていく。それが角谷ミチの追体験のようでもあった。
皆が少しずつ小さな誘導をするから、PLAN75に追い込まれていく。高齢者の出来ることや人情をここまで見せておいて突き放す制度があるなんて情けない。
岡部が薄情な人間でなかったことが救い。公務員のスマイルだし行動も荒いが、正義から来るものだった。
だけど、小さな抵抗は社会を変えられない。

満を辞して登場する河合優実が本当に素晴らしい。語ることが少ない中で観客を泣かせるのは相当難しい。僕はあのシーンで老人と若年のそれぞれの希望を感じて涙を流した。成宮のラストカットも彼女にしか出来なかったと思う。
総評して言えば、倍賞千恵子のすべてを受け容れ、河合優実にすべてを託したような映画だった。

この映画は、この制度に対する懐疑的な思いから成り立っていて、且つ早川監督はインタビューで「あった方が良いという人もたくさんいるだろうと予測はしていた」と言っているが、やはり本質的な伝わり方をされていないのは悲しい事だ。YouTubeの予告編のコメント欄にも「私"も"利用したい」「プラン65とかに"も"して欲しい」という理解の無い人達の言葉が後を絶たない。

また、「十年 Ten Years Japan」に収録されている短編版も併せて観たのだが、この映画を超える痛みだった。延命治療の廃止が示され、政府の強欲な"人間削除"への意欲が露わで、使い者にならない奴の死の弔いと共に、新たな、有用性のある生命を歓ぶ社会。いよいよ終わりだと思った。思いたくないけど。

もうそろそろ、戦争世代が息を絶つ。劇場を埋め尽くした人の大半がお年寄りだった。それに驚いている。その世代の方々がダイレクトに感じる絶望が計り知れない。

僕は一度、この映画について考えながら「なぜ世代でない私たちが高齢者の安楽死を全力で止めているのか?」「最善の決断だと決めてそれが正義だと思っている人がいればその人の勝手でいいんじゃないのか?」と思った。
Twitterを始めてから、こうやって世間の当たり前に疑問を持つことが本当に多くなった。だからといって全ての"一般論"を「政府の思うような利用だ」という考えに誘導するような陰謀論者になるのもナンセンスだ。僕は投票権が無い中で色んな人に色んな事を言って反抗してしまった酷い人だと思う。正直、今何も信じられない。私がこの国の未来を予測して感じる痛みは、正しいものなのだろうか。

まずは、先日のとんでもない事件が、銃の密造を容易にさせ、本編冒頭のような殺人への引き金に繋がらないことを願うばかりである。それが、PLAN75への糸口を切る第一歩だから。
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