むぅ

PLAN 75のむぅのレビュー・感想・評価

PLAN 75(2022年製作の映画)
4.1
初めて1人で飛行機に乗った、あの日を思い出した。

中2の夏。
1ヶ月前から家を空けていた母から電話があった。
更に仕事で翌朝の便になってしまう父からも電話があった。
「1人で飛行機、乗るか?」
「乗る」

3人兄弟で祖父の家でも激しい乱闘を繰り返す従兄弟たちと違い、おとなしく過ごす私は祖父と特に相性が良く、可愛がられていた。
そして何より、優しく穏やかな祖父が大好きだった。

おじいちゃん、もういないんだな。飛行機の窓から雲を見てそう思った。
1人で飛行機に乗るのもこんなに心細いのに、おじいちゃんはずっと1人で暮らしてたんだな、と。



満75歳から自ら生死を選べる制度が国会で可決された。
【PLAN75】
・条件は満75歳であること、それだけ
・医師や家族など本人以外の承諾は一切必要ない
・この制度を選択すると10万円の給付金が支給される
・どの段階でも選択を取りやめることは可能
・その日がくるまで定期的にコールセンターのスタッフによるサポートが受けられる



今作が描きたかったのは制度の是非ではなく、それによって暴かれる"命への向き合い方"なのだと、私は思う。
それでも、自由選択であるはずなのに、至る所でかけられる"圧"は何ともリアルだった。


苦しかった。
将来、自分がその年齢に達していてその時の環境が環境だったら、このPLAN75を選択したくなる事はあるかもしれないと思った。
もし両親がPLAN75を選択すると言い出したら...想像したら言いようのない拒否感が生まれた。

"命を命として"
それが自分との、薄くても濃くても、近くても遠くても、何かしらの関わりや繋がりによって変化するものなのだという事が描かれる。
PLAN75に関する職務に携わる人たちの視点や感情の変化が起こるのが、"誰か"と関わったところから起こるからだ。
PLAN75が可決される前に、その想像に至らなかったのかなと思うが、私だって強い拒否感を持ったのは両親に置き換えて想像した時だったと気付かされる。
恐ろしく感じつつも、どこか身近なものではなかった2年半前のコロナ。志村けんさんの訃報で、衝撃と共に人ごとではないのだとやっと思った事も思い出した。


PLAN75、時として一つの意思決定の候補にはなり得るのかもしれないが、少子高齢化が抱える問題の解決にらならない事をドキュメンタリーのように描く。

説明も少なく、結論を視聴者に委ねるところも多いのだが、私は良かったと思う。


PLAN75を検討するミチを演じた倍賞千恵子さんが素晴らしかった。
たくさんの感情を重ねて生きてきたからこそ刻まれたであろう証の皺や、家の手前の緩やかな坂道でちょっとあがってしまう彼女の息遣いを思い出した。
凛として通る美しい声に、ミチの、そして倍賞千恵子さんの"生命力"を強く感じもした。


帰り道、
スーツにヒールで全力でブランコを漕いでいる見知らぬ背中に、エコバッグの中の氷結無糖を1本差し上げたい気持ちを抑えながら家までの坂道を歩いた。
もちろんその人にだって、やりきれない事や、どうしようもなくイライラする事があったのかもしれない。もしくは、そうせずにはいられない嬉しい事が。
でもその感情で力いっばいブランコを漕げること、そこに確かに一つの"若さ"を見たように思った。

"老い"は誰しもくるのに、年齢で命を区切ってしまうPLAN75について更に考えながら帰った。
むぅ

むぅ