けんぼー

ハッチング―孵化―のけんぼーのレビュー・感想・評価

ハッチング―孵化―(2022年製作の映画)
3.9
現代のSNSの「映え」文化を題材にした大人のための怖いおとぎ話。

「分身」が大きなテーマとなる本作。
冒頭で流れる「理想の家族の生活」はまさに主人公家族の「もう一つの姿」であり、動画の中で母親が「フィンランドのごく普通の家庭の、ごく普通の日常を紹介します」と、「ごく普通」という言葉がわざとらしいくらいに強調され、明らかに「盛っている」とわかるくらいに「加工」された日常の様子に観客は違和感を覚える。

その家庭内の「違和感」を、主人公である「ティンヤ」も心のどこかで感じながら、一方で「母親の希望を叶えたい」という、社会的には無力な子どもらしい健気さとの葛藤も持ち合わせており、それがまた観客の心をざわつかせる。

母親にとって娘のティンヤは自分の理想を実現するための「分身」であり、ティンヤに注がれる「愛情のようなもの」は実は「自分」に向けられたものになっている。だからこそ、ティンヤは「母からの愛情」を求め、母の理想を実現しようとする。父親と息子の「マティアス」も瓜二つに描かれており、まさに「分身」である。
また、劇中では「鏡」に映るティンヤや母親のショットも多用されており、こちらも「分身」を視覚的に表現していると思った。

そして、ティンヤの醜い「分身」が誕生する。
その「分身」に母親のように愛情を注ぐティンヤ。母親の愛情を求めていることが窺えるティンヤの「母」としての行動を見ていると悲しい気持ちにもなる。

また、主人公を「少女」にしたことによって、少女から女性に身体的に変化する時期の不安や恐ろしさも重ねて表現しているところも素晴らしいポイント。

現代のインスタの「映え」文化によって今なお生まれ続けている数多くの理想の「分身」を寓話的に描いたという点では本作は極めて現代的であり、かつ、「親からの愛情を求める子供」「少女から女性になる不安」などの普遍的なテーマも持ち合わせる、大人向けのホラー作品でした。

2022/4/29鑑賞