ろく的アジア国際映画祭③=モンゴル=
まず告白せねばならないがモンゴル映画は今回初めて見る。浅学ですまないって感じです。
で、見て驚く。これがモンゴルなのか。だってモンゴルって言えば遊牧民じゃん。食事は羊じゃん。パオに住んでいるじゃん。性的なことは隠すじゃん。etc。
もう全く浅学。人を、映画を「思い込み」で見るのはもっともいけないことなのに。「ファクトフルネス」なんか読んで世界は均質化しているとわかっていたのに「わかってない」んだ。全くもう。世界は全て資本の流れから「均質化」に向かうんですよ。
で見ていて思ったのは圧倒的「邦画味」。だってこれ吹替えで撮られていたらそのまま松井大悟や三木聡、あるいは塩田明彦の映画ですよ。しかも出てくる主役の女子もなんともかわいい感じだし。主役の女子も本仮屋ユイカじゃねえって感じて観てしまった。特にバニーガールのような恰好をしたシーンとか見ていてモンゴルの映画であることを忘れてしまう。ああ、だから映画は面白い。僕の薄っぺらい「思い込み」はあっという間に吹き飛んだです。
映画としては少女の成長にエロを絡めて最後は清々しいまでの展開まで持っていく……ううんベタです。ベタベタです。どこかで見た感じなのは否めない。どこかで見た映画だよってみながら思ってしまう(いまおかしんじなんか大得意な感じの展開)。でも最後の清々しさと主役の本仮屋(違う!)のヌードでそれもご破算。意外と楽しく見てました。少なくともこの映画で元気をもらう人もいるんじゃねえって感じですよ。
※最後のシークエンスを見ていて一番思ったのはいまおかしんじの「甲州街道から愛を込めて」。どっちもチープだけど映画が好きなことが伝わってくる。出てくるバンドがまたいかにもチープだけどそこが好きだ。
※たまにロシアの話だったり、郊外に出たら大平原だったりしてやっと「モンゴル」だと思いだす始末。そう、世界は意外とみんな、「大事なこと」は同じなのかもしれないね。そして悩んでいることも。
※モンゴルは性に厳しいんじゃないかという誤謬があってこんな映画許されるのかと思い、またそう思ったことを反省する。このような誤謬や思い込みが世界からなくなりますように。反省反省。