まぬ子

夢のまぬ子のレビュー・感想・評価

(1990年製作の映画)
5.0
得体の知れない涙が込み上げてきて、喉を詰まらせながらエンドロールを見送った。
ただ川の流れに任せてたゆたう水草が、今を生きる私たちのようだった。

今更ながら黒澤明監督の作品を初めて鑑賞。今まで観てこなかった事が恥ずかしい。こんな素晴らしい作品だったなんて。
監督が実際に見た夢が元となった「こんな夢をみた」という短編オムニバス形式で、彼の価値観や死生観がひしひしと伝わってくるし、どんな想いを持って映画を撮ってきて、この世を去っていったのかを垣間見た気がする。
こんな凄まじい感性、そりゃあ世界に一目置かれるはずですわ…生前の監督の人となりを知らないことが本当に悔しい。

「日照り雨」「桃畑」「雪あらし」「トンネル」「鴉」「赤冨士」「鬼哭」「水車のある村」の8本で構成されていたが、「雪あらし」「鴉」はひたすら眠かったけど、それ以外はすべて星5つけたい。

「日照り雨」
狐の嫁入りの様子が、今の作品に全く見劣りしないほどの映像美。アーティスティックで美しかった。一番すきかも。
渡されるドスも強烈でパンチ効いてて凄くいい。

「桃畑」
望遠レンズに衝撃。一体どこから撮影してるんだ…

「トンネル」「赤富士」「鬼哭」
どれも強烈なメッセージ性。たまらない。
時期的にチェルノブイリか、原発事故から監督にどれほどの衝撃や価値観を揺るがしたかが知れる。
彼の訴えが届かず、結果的に日本での原発事故が起きてしまったと思うと言葉にできない悲しみがある。
「鬼哭」は特にユーモアと悲鳴の混ざり合った、この人にしか作れない世界観に思えた。大きなタンポポも悲しいけれど幻想的。
今は亡き、いかりや長介の一角鬼の姿が切ない。昔は人間だったのかもしれないというセリフが辛すぎる。
「赤富士」のCGクオリティは公開された当時は迫力満点で衝撃走ったんじゃないかな。この時代にこんなクオリティのもの作り上げるなんて。
「トンネル」は昔からこの世とあの世をつなぐ表現で出てくるけれど、初めのトンネルのシーンがぞっとする。
千と千尋の神隠しの冒頭部はもしかしから、ここから影響受けてるのでは。


「水車のある村」
こんな風に弔われたら、どれほど幸せな人生だろう。そう思うと、込み上げてくるものがある。
生きるのが辛いと思う人にこそ、観て欲しい。よく生きて、よく働いて、死ぬときには「ご苦労さん」と祝ってもらえる人生を全うできることの幸福。


幼少、観てはいけないものを観てしまったという罪から始まり、戦争や自然破壊、人間たちの罪は積み重なっていく。生きることは、常に死や絶望と隣り合わせ。
けれども、罪や罰、苦しみや悲しみもたくさんあるけれど、そこを通ってきたからこそ、最後の「ご苦労さん」という言葉は価値を得る。

悲しみも含めて、この作品を良いと思える感性を持ち合わせてて本当に良かった。
世の中の感性や価値観は日々変わりつつあるけれど、これからもずっと、日本人がこの作品を評価できる感性を持ち続けていてくれますように。願わくば。

# 80/2018
まぬ子

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