ろく

夢のろくのレビュー・感想・評価

(1990年製作の映画)
4.0
若いころは後期黒沢が苦手だった。

とくに本作品と「八月の狂詩曲」「まあだだよ」。晩年の3作品はいずれも劇場で見たんだけど黒沢の良さがなくなって(スピード感や滾るストーリー)老人趣味の作品に落ち果てたと思っていた。麒麟も老いれば駄馬にも劣ると。

でもね、久々に観て、ああこれはそんなに悪くない。むしろ今の僕の気持ちを言い表している、そんな気持ちになってしまったの。

たぶんだけどさ。若いころってまだ「自分が死ぬ」ことなんか考えないんだよ。その時は「欲」が大きいの。とにかく「こうなりたい」「これを知りたい」ってね。

でも年を重ねて最近はその欲が少なくなってきたと思うんだ。その一方で「いつまでもこの世界が続けばいいなぁ」とか「みんなが幸せならいいのに」とかまるで左翼みたいなことを考えてしまうんだ。

また能力主義ってものに否定的になってしまったのも最近はそう。サンデル教授じゃないいけど、「能力もまた運」なんだよ。そんななんとも老いてしまった自分(まだ早いけどさ)にはこの映画が心地よかったのよ。

全8作のオムニバスだけど、実は共通項があって、生まれてから老い死ぬまでの時間軸だと思うのよ。そしてその中で人は「正しく生きる」べきじゃないの、そんなこっ恥ずかしいメッセージの作品なの。なのにすっと入ってしまったよ。

また「絵」の面白いこと。どうして老人の監督は無茶苦茶な絵を勝手に撮るんだろう。黒沢しかり、大林しかり。ゴッホを映した掌編なんかコントなはずなのになんとも美しいと思ってしまったのよ。やっぱり黒沢は絵で魅せてくれるんだよねえ。

最後、笠智衆の短編で終わってしまうとこなんかもずるい。お前もこっちに来るかい。そんなにこっち(老年)も悪くないんだよ。そんなセリフを聴いてちょっとにやけてしまった。悪くないのなら行きますか。

決して大作ではないし、黒沢の本領というわけでもない。でもこの映画は「今の僕には」好きだ。
ろく

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