ニューランド

見世物のニューランドのレビュー・感想・評価

見世物(1927年製作の映画)
3.9
ブラウニングも殆ど全てのその作品が傑作と云っていい、恐るべき作家だ。その最高作と云われるは、現存していない、というのもいい。多分、今世紀に入って初めてのこの作家の鑑賞で、デジタル版は初だが、どうあっても強烈な宇宙の、この息遣いが直に降り注ぐような、この上ない生々しさは即座に甦り、果てなく満ちる。混み具合からみて、今回は前回満席で観れなかった本作だけになる可能性もあるけれど、以前35ミリや16ミリ(もしかしたら8ミリ版?)で観た事のある今回上映のこの作家の他作も、全て傑作と云っていいと思う。
それにしても、劇中劇·トリック見世物や、想像イメージが、割り込んでくることも含め、恐ろしく、拡がり·複雑さ·併行性を排した、まるで眼前の生々しい、芝居か現実か判別できない、狭い小ステージに対してるかのようだ。足元の変なフォロー移動は挟まるが、大がかりな移動はなく、単純に、退き全と寄り、リバース、ズレ対応や90°変続き、視界光景のLらが、何の意匠·モンタージュスピード·巧妙多視点サスペンス盛り上げ等には目もくれず、只ストレート·一般レベルからはたどたどしく、組合わさるだけだ。しかし、横位置で対する人がオフで手先しか写っていなかったりするも·空気と磁力が伝えるその死の接近、半分だけ垂直に開けられたドアのせいで互いに視界が限られて(ると思って)の三者間の積極動きも入れての逃げ隠れの持続·探索の緊張、唯一超常的に人の思惑を超えて動く毒イグアナ?との威圧あるやや仰俯瞰めや·ある程度の不穏でもある距離保っての正対する·切返しの人智を越えた何ともいえぬ恐怖、など映画表現の範疇をこえた恐怖·緊張·力感は、枚挙に暇ない。これらの力、特異性は、他の恐怖·怪奇映画を銘打ってるものと、何ら変わりない。
そして当初はサロメか『メトロポリス』か如く扇情的に身体をくねらせてるも、次第に全人格的に、周囲を見とおし·(誤りもある)包容のイメージも匂わせてくるヒロインの、目力·存在を始めとして、息子の兵役帰還だけを祈る·救いとするその盲目の父、彼女といい仲も目先の女や大金に迷わず手を伸ばす役者仲間、恋敵倒しや財産獲得には殺しの計画·実践をすすんで行なう団長ら、全てがとりつかれた人たちで、異様な人間的磁力·おそろしい魅惑を放ってる事だ。ひとつに凝り固まった狂人なのではない。迷いのダイナミズムにとりつかれ、引き裂かれているのだ。大元の、犯罪的行為の断行、正義·善良へのやましさ·コンプレックス、家族の生死、他人の為に為すべき事への、こだわりはあるのだが、それへのウエイトの置き方、成功·実現の度合いへの誘惑が、無自覚の罪の意識を産んで、それとの間で揺れるというよりこわばり·張り詰め·引き裂かれんとするものが生じ·変質·発展し、異常な強度で存在していっているのだ。そこから、人間としてのやはり無意識の、動へ向かう避けられない炎が、瞳を中心に内から鋭く放たれ続けられてて、惹き付ける力が充ちる。観る側としては、恐くまた魅惑的と同時に、己れの内に眠るものを感じおののき、起こしてはならぬものが奮い立つ。この、人間の、自己も周囲も制御できない、互いに本質を傷つけ合い得る·或いは救い得る、強さのそのままの抽出、視覚·生理的には圧倒も招くのが、この作家の稀有の世界かもしれない。ヒロインは恋人が云うような、稀なる善良のひと、などではない。より、ナマに人間的だ。
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