JunichiOoya

千夜、一夜のJunichiOoyaのレビュー・感想・評価

千夜、一夜(2022年製作の映画)
5.0
突然姿を消した夫を30年待ち続ける田中裕子さんの、「狂気」と「確信」を淡々と描く佐渡の物語。
拉致絡みで「半島」との距離云々というよりも、「あのシーン」で集まった人たちが佐渡おけさを歌う、そこに佐渡を舞台にした値打ちがありましたね。
実は、加藤泰『ざ・鬼太鼓座』や森崎東『党宣言』『ニワトリはハダシだ』なんかを思い出したりしながら見ていました。

田村さんの登場から後、一気にリアリティとおさらばする展開。
でも私には、そこから格段に物語が映画っぽく深化したように感じられて、とてもお気に入りの一本になりました。

お寺と教会で(つまり別々の経路でということで)送られ、逝った二人の女性(登美子と春男の母親)に導かれるように、引き換えられるように現れる田村さん。これはもう「帰ってきた男(ひと)」として登美子の中で彼女の想いが脳内再生し視覚化された男なんだ、とみました。

つまりここからの映画は、現実を離れて、登美子の脳の中の世界を私が一緒になって体験したんだ、と。

出ていった3人(マグロ船と理科教員は、登美子と奈美をそれぞれ合わせ技一本(一人)だとすると春男と「夫」の2人ということになりますが)はとにかくも帰ってくる。というか登美子が帰って「こさせた」。

ただし、この私の穿った見方だと、ダンカンの出奔の描写はちょっと違うような気がして、個人的に別の脚本を「脳内作成」して見ておりましたけれど…。

役者陣、皆さん評判が良いですが、私は小倉久寛さんに惹かれました。それとなく、自然だけど、実は結構強引な感じで「拉致」の話とかも出しながら、妻への対応でひょこひょこと座を立つ姿が剽軽な癖に実はとても真面目で。
ああ、この人には登美子の喪失は永遠に共有できないよな、妻と一体化してるんだもの、って。

あと、あのカセットテープのディスクジョッキーは糸居五郎さんですよね? 二度とも良いシーンでした。

私は、田中裕子さんと同年代の高齢者。だからというわけでもないけれど、出ていったこと、行かれたこと、そしてその後に別の人と出逢ったこと、前の人と再会したこと…。

映画の少し常軌を逸した展開とは裏腹に、そうした過去の事どもが少なからず思い出されて、案外自然に登美子と砂浜の彷徨をご一緒させていただきました。
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