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デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリームのikustatinoのレビュー・感想・評価

4.5

『ムーンエイジ・デイドリーム』

ボウイ不在の世界を生きていかなくてはならない僕らの為のギフトと言うべき映像作品。
さながら時間とイメージが溶け合う宇宙旅行。これは目紛しく変化し続けた彼の変遷を混沌そのままに本人の言葉と映像に楽曲で体験する超直感型ドキュメンタリー。

ポップでサイケデリックな初期の楽曲とスキャンダラスな風貌・発言ばかり注目されがちなデヴィッドボウイだが、普段は理知的で物静かな人物である事はファンの間では周知の事実で"氏の脳内宇宙を旅する"という作品のコンセプトは多くのペルソナに隠された彼の本質に近づこうとする試みと言える。

ボウイはその長いキャリアの中で音楽性を大きく変容させてきたアーティストだ。
初の財団公認作品である本作は劇中で往年の名曲からレアトラックまで数多く楽曲を聴く事ができる。
そしてまだ商品化されてない貴重なライブ映像も満載で感涙必須の名シーンが随所に散りばめられている。

鑑賞後の身も蓋もない本音を書くと、デヴィッドボウイの真髄はとても映画一本で語り切れるものではないなと感じている。
本作で当人が語っている通りボウイが辿った哲学の旅路は、言うなれば天才故の孤高であると同時に人間誰しもが持つ感情の揺らぎでもあった。
そうであるならば輝かしいキャリアの裏側で発掘されいない数多くの姿があり、ともすればやっと謎の一部が開示され再評価されたに過ぎないとも思うのである。

それでも一ファンとしてこの映画が作られ、世間に知られていない多くの肉声と映像に触れられた事は何にも変え難い喜びであり、何年もかけてこのドキュメンタリーを作り上げた監督とお墨付きを出してくれた財団にはただただ感謝の念が絶えない。

ムーンエイジ・デイドリーム、それは情報とイメージ渦巻く正に2時間の白昼夢だ。
理解の遠く及ばない混沌に触れるという映画体験はデヴィッドボウイという混沌に触れる事の追体験であり、彼を失った世界の状態のそのもののようでもある。
どうか恐れず怯まず惑わされてみてほしい。多くの謎と混乱が残る旅路というのは、言い換えればこれからも旅を続けられる余地があるという事だ。


月で彼は待っている。
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