てつこてつ

ファスビンダーのケレルのてつこてつのレビュー・感想・評価

ファスビンダーのケレル(1982年製作の映画)
3.4
こういう作品を取り扱う、Amazon Prime Video、なかなか懐が深いぞ。

フランスの劇作家ジャン・ジュネの戯曲「ブレストの乱暴者」(当然、未読)を、「マリア・ブラウンの結婚」等で知られるニュー・ジャーマン・シネマの担い手の一人であるファスビンダー監督が映像化を手掛け、編集途中で逝去してしまった事実上の遺作。

ジャケ写なんて、もはやバリバリのゲイポルノの体裁だが、この作品の内容は非常に難解。おそらく戯曲にある台詞をそのまま使っているかと思われ、所々に挟まれるナレーションや登場キャラクターたちが発するモノローグやダイアログがまるで詩のようでありレトリックが甚だしい。

ジャン・ジュネのこの戯曲自体を読んでいない方には、一生懸命ストーリーを追っていこうとしても振り落とされるので、内容を理解しようと努めず、ファスビンダー監督ならではの「背徳の美学」に身を委ねるぐらいに覚悟を決めたほうが無難。また、冒頭20分くらい見て、この世界観が受け入れがたいと感じた人はさっさと視聴を中止する事をお勧めする。

自分自身、学生時代に何の予備知識も無く、ギリシャ悲劇「アンティゴネ」の舞台を見た時の感覚が蘇った。

編集段階で監督が逝去してるのでストーリー的に一部破綻している可能性もあり。

「ナルシストで、まるで昆虫学者のように自分の容貌をつぶさに観察することを好む」水兵のケレル。「男に惚れたことなど一度もない。ただ、されるのが好きなだけだ」と言ってのける彼は、生粋のバイセクシュアル。だが、彼の色気に惑わされて寄ってくる男どもとは次々と肉体関係を結び刹那的な快楽に身を委ねていく・・・。

このファムファタールならぬオムファタール的な象徴的な主人公に「ミッドナイト・エクスプレス」の熱演が見事だったアメリカ人俳優のブラッド・ディヴィスをキャスティングとは、結構意外。背も低く、典型的なイケメンではないが、野性味があり胸毛も濃い、マッチョというよりもガチムチな容貌は、おそらくリアルなハードゲイの世界では、一番モテる路線なのだろうか?フランス映画故、おそらく彼の台詞は吹き替えになっており地声を聞けないのが残念。

作品での紅一点は、やはりケレルの魅力に取り憑かれる酒場の女主人、ジャンヌ・モロー。マドンナや今はレディ・ガガがそうであるように、当時のヨーロッパ社会ではゲイアイコン的な象徴の女優であったのだろうな。彼女が劇中で繰り返し歌い上げる「Each man kills the thing he loves(誰もが愛する者を殺す)・・」の歌詞は妙に耳に残る。

決して夕日が沈まぬ港町を舞台として、海も大きな夕日も人工製の全編セット撮影というのもまさに戯曲調。ギラギラと照り返すオレンジ色の太陽光に全編包まれた映像やシーン毎の構図は美しく印象的。

但し、やはり原作の知識が無い者にとってはストーリー性に乏しく、置いてきぼりをくらうので、何だかファスビンダー監督の自己満足の為のマスタベーション以外の何物でもないような印象を受けるのも正直なところ。

だが、逆に、自分の美学を最後まで貫き通そうとした思い入れは汲み取りたいところ。「マリア・ブラウンの結婚」や「リリー・マルレーン」と言った素晴らしい作品を撮りあげたファスビンダーの遺作としては、少し勿体ない。
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