耶馬英彦

ザ・メニューの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

ザ・メニュー(2022年製作の映画)
4.0
 レストランは食材の様々な組み合わせを試し、調理法を試行錯誤する。最終的にテーブルの上に提供されるまでには多くの費用がかかっている。料理が商品として完成したら、そこから原価や人件費を下げる工夫をしていく。それが一般的だ。
 しかし超高級レストランは全部価格に反映させればいいので、費用を削ることを考える必要がない。最高の食材、最高の酒、最高のお茶を準備し、スタッフを訓練して上質な接客を提供する。内装にも金をかけて、空調や照明器具を完璧に準備し、食事の環境を整える。それは商売というよりも、ひとつの美学である。完璧を目指す美学だ。

 本作品は超高級レストランの中でも最高峰の店のひとつが舞台である。もちろん金持ち相手に限られるが、相手は高額であるほど高品質だと思いこんでいる。そこにシェフの不満があり、美学の満たされなさがある。
 実は味覚は感覚の中でもかなりいい加減である。一流の寿司職人でも目を瞑って食べたら、魚種を判別できないことがあると、テレビで実験していた。いちいち判別して区別していたら、食べられない食材が増えて飢餓に陥る。口に入れたものが安全な食べ物かどうか、それさえ解ればいいので、それ以上は好みの話である。
 しかし本作品のシェフの五感は特別だ。料理評論家を遥かに上回る。そもそも生半可な知識と技術しか持たない癖に、料理評論家やグルメを気取る連中が許せない。

 そこで考えられたのが、今夜のメニューだ。ここに至るまでには、数多の試行錯誤があり、従業員教育があった。特に従業員については、シェフのことを神とまで崇めるほどのマインドコントロールが必要だった。理屈抜きで崇めさせる。それはもはや催眠術である。
 そう、このレストランはカルト宗教の集団催眠の場であったのだ。そう考えれば、本作品の料理提供ごとのシェフの振る舞いも納得がいく。シェフは教祖であり、催眠術師である。従業員だけでなく客の精神も操ろうと目論んだのだ。

 しかし緻密に計算された彼の世界に異分子が入り込む。予定外の客であるマーゴだ。催眠術が及ばないこの女性は、食べる行為は基本的には空腹を満たし栄養を補給することだとする常識人だ。料理至上主義者たちとは一線を画す。どうしたらこの女性に自分を崇拝させることができるか。シェフは美学の破綻をなんとか繕おうと躍起になる。

 一方のマーゴはシェフの目論見を見極めて、状況の打開を図ろうとする。自分と他の客とで違うところは何か。自分はグルメでも料理評論家でも金持ちでもない。食べ物はあくまでも食べ物に過ぎない。美味しいに越したことはないが、価格とのバランスも大事だ。
 シェフが恐れるのは、実はこういう普通の人の普通の感覚なのだ。そしてシェフは完璧主義者である。そこにこそマーゴが実行できる打開策がある。

 本作品は見方を変えれば、異常な教祖であるシェフによって集団催眠に陥ったオタクたちと、ひとりの常識人との対決だ。ただし結果は勝ち負けではない。ある意味では、全員が役割を完遂したと言える。収束は見事だった。

 エキセントリックなシェフを演じたレイフ・ファインズはさすがの存在感だ。映画「ハリー・ポッター」シリーズで闇の魔法使いヴォルデモートを演じたのが有名だが、その他にも映画「キングスマン」や「007」シリーズでも脇役としていい働きをしている。日本の俳優でいうと、小日向文世にどことなく似ている。本作品のシェフ役は意外な難役で、ファインズのポテンシャルが存分に発揮された感じである。

他のユーザーの感想・評価

m

mの感想・評価

-
一番嫌だったのは自分なんだろうな。
訳わかんなくなってトチ狂っちゃったって感じ。
ところどころ笑えるからシリアスとコミカルの絶妙なラインに立たされてふわふわした。
料理を題材にホラー?って思っていたけど、しっかりとホラーだった
作風や雰囲気は違うのに不思議とミッドサマーを彷彿させる

とはいえ、シェフの動機がしっかりしているものもあれば、メチャクチャ理不尽なものもあったりして、そこはしっかりと精査してほしかった
じゃないと、アニャのポジションが弱まる

恐ろしく理不尽・・・だけど、悪魔でも舞台はレストラン
ラストはホラーでも本作の舞台がレストランならではの展開且つ、印象的だった。

このレビューはネタバレを含みます

映画は料理についてだったが
映画の事で
普段の自分の振る舞いや態度を改めようと思った。

わかるものはわかるしわからないものはわからない
レイフ・ファインズの動機がイマイチ分からんかったけど

アニャちゃんの魅力と作品の雰囲気・役者陣の佇まいだけで予想以上に面白いもんになった

映画好きなら観て損はなし
ポメ犬

ポメ犬の感想・評価

3.8
理解できなかった、が正解の感想な映画だと思う。
芸術は色々な感情のカタルシスの先にあるものだけど、この作品は負の感情に囚われ過ぎた芸術家の末路を描いた作品。
「映え重視で作品そのものを評価しない事」へのアンチテーゼとともに「人にわかって貰えなくてもいいと言う自慰的芸術」へのアンチテーゼでもあった。
芸術は作り手と受け手が居て初めてできるんだなぁと。
Me

Meの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

エンドロール中、何だか既視感があるけど何だろう…と考えていたらミッドサマーだった。

常軌を逸した空間、客以外皆が一心同体のように同じ目的に向かう狂信的な姿、芸術的な料理。最後の一皿は奇妙ながらも美しく、ミッドサマーラストの花飾りと重なった。

ただ、ザ・メニューの方が悲壮感は少なく個人的にはマーゴに感情移入しやすかったかな。映画を観ていると言うよりも、ディナーを体験したと言う気持ちになった。



久しぶりの映画館鑑賞は最高の体験でした。
何となく展開が読めてしまうかもしれないと思いネタバレタグを付けました。
sugi

sugiの感想・評価

3.9
え、セレブ老夫婦の奥さんとか全然良い人なのでは

細かい事はどうでも良い。お腹減った
常に敵対勢力と同じ空間にいるので、緊張と緩和の緩急がなく単調
脚本家もそれじゃまずいと感じたのか、強引に逃走中を開催するがこれが本当にしょうもない
takenoshin

takenoshinの感想・評価

3.6
料理系の映画は出てくる料理自体にわくわくしてしまう、、、ベタストーリーだけど面白かった!

このレビューはネタバレを含みます

ごちそうさまでした🍴

孤島の高級レストランの天才シェフに招待された美食家達(料理評論家・グルメマニア・セレブ・成金・付き添い)。
主役(アニャ・テイラー=ジョイ)は「マニアの付き添い(無関心な客)」の位置。

シェフの考えたテーマにそった独創的料理が章ごとに次々運ばれて来るフルコースです。
食べないでください
ただ食べるのではなく
味わうのです
パ👏ン!!
 YESシェフ!!

_⚠️以下ネタバレ感想⚠️__
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
料理≒映画
「“天才監督”」とスタッフvs「“映画玄人”」とその付き添いの映画
名声のある作り手vs影響力のある客
+なんとなく来た客

“高級”料理=“期待値の高い”映画≠深く素人には難しいテーマの高貴な映画


こういう構造の映画となると、「アンチ評論家」「評価・評論の加害性」作り手視点の一方的な話に偏りそうだけど、付き添い客(無関心客)を主役に置き、「“一流思考”の“深いアート”に凝り固まってしまった作り手側」の双方向・多角的な語り口で、
「エンターテイメント」を与える側・消費する側を描いた作品。

ラストにそれが判明したところで、
劇中のオシャレ“過ぎる”料理に対する「旨そうっちゃ旨そうだけど…」「意外と食テロじゃないな」という何とも言えない感覚が肯定され、最後のとある追加メニューが強烈に旨そうに映される!!(絶妙)
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