Yoshishun

ザ・メニューのYoshishunのネタバレレビュー・内容・結末

ザ・メニュー(2022年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

“奪われる側の復讐”

事前に公開された予告を観る限り、見るからに怪しげなシェフが招待客を調理していく人肉レストラン映画と錯覚してしまう。
しかしその実態は、美食文化や権力社会への皮肉とも取れるブラックユーモアたっぷりな怪作だった。バトル・ロワイアル的殺し合い映画ではないのでご安心を。

本作において、絶海の孤島で経営される一流レストランに招待される客は揃いも揃って癖の強い連中である。ニコラス・ホルト演じるタイラーは、絵に書いたような美食家でシェフのスローヴィクを崇拝している。アナ・テイラー・ジョイ演じるマーゴの食と向き合う姿勢を徹底的に非難し、豊富な食の知識を用いて如何にも博識なアピールをかます。しかし、いくら知識があっても彼はシェフではない。シェフの一皿にかける努力も苦労も知らないで、あたかも自分は理解できるかのように振る舞うことに違和感を覚える。

また、タイラー以外の客人も中々に個性的でありながら、現実にも確実に存在する程に嫌味な連中である。数多くのレストランを廃業に追い込み、自身は料理の本質を見抜けると自負する有名料理評論家と、彼女の記事を載せる担当編集者。スローヴィクと知り合いと言い張り、ベテラン俳優の殻を被る落ちぶれ役者。11回も来店しておきながら一切料理名を思い出せない老夫婦。最上の客としてもてなせと気張る金持ちIT実業家。
そんな彼等は、シェフにとっては、真の美食家たるものを履き違えた愚か者であり、料理人としての地位と名誉をも直接的にも間接的にも奪った存在である。
どれだけ手を、時間をかけて魂を込めて作ったものでさえも何処ぞの何者かの一口によって一蹴されてしまうのだ。これは映画界にも置き換えられる話で、どれだけのスタッフとキャストが尽力を懸けた力作であっても観客や批評家の評価に左右されてしまう。

そんな彼等、シェフとしての名誉や自信を踏みにじる、いわば奪う者たちの壮絶な復讐劇を描いたのが本作である。

とはいっても、直接的な復讐描写があるわけではない。韓国映画のようにハンマーで敵の集団を一気に蹴散らしたりはしないし、敵のアジトに単身乗り込むようなこともしない。あくまで料理映画、極上(という名の鬼畜)のフルコースで招待客の闇を暴き粛清していく。

あれだけ死亡フラグを立たせながらも、意外にも最後の“デザート”までで死亡するのはタイラーのみというのも粋だ。これもスローヴェクの計画、いやコースの一部なのだろう。明らかに人間狩を匂わせる5品目の拍子抜け感も最早彼の計画がなせる業。しかし、明らかに巻き込まれただけにみえるマーゴこそ、このフルコース最大の誤算だった。
一向に料理を口にしないマーゴに自分と同じ人間であると錯覚したスローヴェクだったが、終盤で立場が完全に逆転する展開が見事。奪われる側だったスローヴェクこそ、自身の料理にかける想いが強すぎて逆に客の楽しんで食べるという機会を奪ってしまう。誰しもが不本意ながらも、気付かぬところで誰かの機会を奪う立場にいる。知らぬ間に奪う側の人間になってしまう人間の恐ろしさが際立つ。

さて、ブラックユーモアのフルコースを堪能できる本作だが、展開としてはやや気になる点も。序盤に登場した燻製肉は少しでも燻製期間を間違うと最悪死に至る代物であると説明されたものだから、その後何らかの形で登場するかと思いきや一切登場せず。こうした意味ありげなアイテムを散りばめながらもメタファーとして描いているだけなので、もっとストレートに映像化してもいいのではと思えた。その真骨頂がラストのデザートのみなのも少し勿体無い。


英国紳士シェフが、料理を味わうことの本質を知らない者達に過激な制裁を加えていく異色ブラックコメディ。サーチライトピクチャーズらしい上質さでありながら、アダム・マッケイの毒気も混ぜ合わせた究極の一品。是非よく咀嚼してお召し上がりください。
Yoshishun

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