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レジェンド&バタフライのambiorixのレビュー・感想・評価

レジェンド&バタフライ(2023年製作の映画)
3.8
「大会社が巨額のバジェットを投じて製作した結果、大コケとまでは言わないまでもまあコケた部類には入るであろう邦画を今あえて鑑賞してボロカスに貶してやろう」とかいう、ゴミみたいな志を掲げながら観に行ったんだけど、いい意味で裏切られました。これは面白い映画でしたねえ。ウケなかった原因のひとつと目される作品タイトル『レジェンド&バタフライ』の意味も実際に中身を見てみて納得。つまるところこの映画は、単にレジェンド=信長の後半生を描いた伝記作品ではないし、かと言ってバタフライ=濃姫だけにスポットを当てているわけでもない。本作のタイトルでもっとも重要なのはレジェンドでもバタフライでもなくむしろ「&」の方なんですね(そもそもカッコつけて変な横文字なんざ使わねえで「信長と濃姫」にでもすりゃあいいじゃあねえか、ってな話ではあるのだが…)。本編では、隣国との和平のためにしぶしぶ結婚を承諾した夫・織田信長(木村拓哉)と、父親の野望を果たすためにしぶしぶ嫁いできた妻・濃姫(綾瀬はるか)の2人を中心にした物語が展開されていきます。
序盤の展開は予想に反してコメディ。男社会に混じって一歩も引かないフェミニン女性の濃姫が、のべつに虚勢を張るばかりで中身がちっとも伴っておらないキムタク信長をメコメコにのしまくるわけだけど、ここで繰り出されるギャグは、いわゆる「はい!ここが笑うところですよ!」みたいなテレビ的演出とは無縁でけっこう笑える。個人的に大好きなのが、2人が家来を連れて森の中へ鹿狩りに行くくだり。なんとか濃姫を見返してキャン言わしてやりたいキムタクが真っ先に鹿を発見、近づいて弓を構えたところで足が滑って斜面をごろごろごろごろ転がって行き着いた先がなんと断崖絶壁(笑)。崖に垂れ下がる木のつるにかろうじて捕まったキムタクをいきなり超ロングショットで映すもんだからめちゃくちゃシュールなのよ。この直後に作中もっとも重要なセリフのひとつを持ってくるあたりもニクい。
ためしに低評価をつけた人のレビューを読んでみると「合戦のシーンが少なすぎる!」といったような意見がしばしば見受けられるが、これは明らかに的外れ。合戦シーンが少ないのではなく、意図的に描き落とされているのだ。作り手はあくまでも2人の関係性に関心があるのであって、天下取りの趨勢なんというマクロな要素には興味がなかったものと思われる。その一方で、本作の数少ないバイオレンスシーンを想起してみよう。俺の記憶が正しければ、京都のスラム街での大立ち回り、比叡山延暦寺の焼き討ち、そしてラストの本能寺の場面の3つがあったはず。これらのシーンにおけるアクションの演出は「さすがるろ剣の大友啓史監督やで!」などと感嘆してしまうのだけれども、同時にここは、信長と濃姫との関係性が決定的かつ不可逆的に変化してしまうターニングポイントでもある。ざっくり言うと、1つ目でくっついて、2つ目で別れて、3つ目で今生の別れ。要するに、バイオレンスの場面を2人の関係性の変化を際立たせるために使う一方で、ただダレ場を回避するためだけに置かれがちな中途半端なスペクタクルシーンを本作では徹底的に排除しておるわけです。
本作『レジェンド&バタフライ』の革新的なところは、織田信長を「単なる一人の弱い人間」として描いている点だろうか。愛憎相半ばする不思議な縁で結ばれた濃姫のほうも、内助の功だの銃後の妻だのといったいわゆる「よき妻」的なアナクロニズムあふれる人物設定とは明らかに隔たっている。2人はタテマエをすっ飛ばしてものが言い合えるし、取っ組み合いの喧嘩をするし、お互いの意見を戦わせて戦場での作戦プランを練ったりなんかもする。そんな信長、プライドが高すぎるゆえに「好き」の二文字だけは最期の場面まで言えないわけだけど…。そして後段、出世レースを次々と勝ち抜いてきた信長は、「人ならざるもの」と「ただの人間」との狭間で葛藤し、引き裂かれてしまう。果たして本作の信長はどちらに賭け金を置くのか。この選択こそが「明智光秀はなぜ織田信長を殺したのか?」というおなじみのミステリーに対する一つの答えにもなっている。
今回もっとも驚いたのがラストだよね。詳しいネタバレは避けるが、思わず「タランティーノかよ!」って叫びそうになったもんな(笑)。ところがこの脚本、意外とよくできていて、史実では織田信長の遺体は発見されていないし、濃姫の方も晩年の足跡には諸説があって没年もわからないときている。なので、2人が表舞台から姿を消してしまうこの展開は歴史的にもちゃんと辻褄が合うのだ。ところがこの後にさらなるどんでん返しがある。こっちは「『ラ・ラ・ランド』かよ!」って叫びそうになった(笑)。なんだけど、第六天魔王信長ではなく、一人の人間であり濃姫の夫でもあった「ただの織田信長」として人生を閉じたかもしれない可能性を夢想させて終わるというのは、このうえなく粋な幕引きだったように思う。
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