耶馬英彦

あの娘は知らないの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

あの娘は知らない(2022年製作の映画)
4.0
 伊豆は観光にはいいところである。伊東は風光明媚な上に海の幸が豊富で、観光地としてはとても優れている。大室山と隣接するシャボテン公園は家族連れに人気の場所であり、一日中楽しめる。本作品に登場した大室山は富士山のような形をした芝生の山で、山頂からの眺望は一見の価値がある。山頂の道は一周約1キロで、ゆったり歩くととても気持ちがいい。

 観光地には観光地ならではの苦労がある。どんな商売でも食っていくのは大変だが、観光地は人を相手の商売だから、客によっては嬉しいこともあれば困ることもある。有り難い客と迷惑な客がいるのだ。旅館の子供は親を手伝うことが多いだろうから、子供の頃から様々な客と接する。親ほどでもないが、困った経験もあるだろう。同じ年頃の子供に比べて、確実に大人びているはずだ。
 本作品のヒロイン奈々がそうで、他人の存在に動じない。一風変わった俊太郎みたいな男が来ても、平常心で対応する。子供の頃から他人の話を聞くことに慣れているのだ。話しやすいから、俊太郎はついつい自分に起きたことを何でも話す。亡くなった唯子も多分そうだったに違いない。

 奈々は最低限のことしか話さない。事実が人を傷つけることがあるのを、奈々は知っている。俊太郎も知っている。奈々が話すか話さないかは、奈々の自由だ。強要することも責めることもできない。それは俊太郎の優しさだ。奈々はそう受け取る。
 自殺した人間が必ずしも不幸だったとは限らない。しかし生き残った人間は自分を責めることがある。奈々は俊太郎にそうしてほしくない。唯子さんはあなたの優しさが好きだったんだと奈々は言う。人を好きになることは幸せなことだ、だから唯子さんは幸せだったに違いないと、暗に言っているのだ。それは奈々の優しさである。

 傷ついた者同士が互いの傷を舐め合うことが甘えであるかのようなパラダイムがあるが、それは傷ついていない人間の驕りである。傷ついた人に石を投げつけるのは簡単だ。しかし傷ついた人をいたわるのは相当のエネルギーを使う。ときには自分の立場を危うくすることもある。他人に優しくするのは他人に厳しくするよりもずっと勇気がいることなのだ。

 すずらんに似た黄色い花はサンダーソニアである。花言葉は「祈り」。
耶馬英彦

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