耶馬英彦

アートなんかいらない! Session1 惰性の王国の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

3.5
 終映後のトークは「表現の不自由展」の検閲と妨害の妨害についてが殆どだったが、作品はアートとは何かという本質に迫る。
 15000年前から5000年前まで、1万年も続いた縄文文化にハマった経験からすると、天皇の歴史はたかだか2000年程度、随分最近のことだと、山岡信貴監督は言う。だから天皇の写真が入ったコラージュを燃やしたからといって、全然大したことではない。こんなことで騒ぎ立てるのはどうかしているという感覚だそうだ。
 その感覚は理解できる気がする。古事記や日本書紀といった神話にしか根拠がない天皇の系図など、怪しすぎるものを簡単に信じてその権威を畏れるという精神性は、子供じみていると言わざるをえない。イエス・キリストの奇跡を信じるのと五十歩百歩だ。

 権威の反対側には必ず差別がある。権威主義者はおしなべて差別主義者だ。権威の前で人権を軽んじるから、差別主義者になる。必然である。
 もっと人間は自由なはずだ。権威からはもとより、言葉や概念からも感覚を解き放つことができる。縄文時代はそうだった。ただの鍋や皿に複雑な文様を施す。多分そうすることが楽しかったからに違いない。
 アートとして身構えるから息苦しくなる。商業主義が絡めばなおさらだ。縄文人は何のしがらみもなく、嬉々として造作をしていたのだろう。羨ましい気がする。
耶馬英彦

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