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アイ・ケイム・バイのRenのレビュー・感想・評価

アイ・ケイム・バイ(2022年製作の映画)
4.0
さすがに平均スコアが低すぎると思ってしまったので4.0。傑作から珍作まで乱発されるNetflix映画の中でもしっかり魅せていた部類だと思った。語りの切り口の移り変わりが肝の一作なので、基本的には前情報無しで観てほしい。『1917 ~』のジョージ・マッケイ、こういう役どころで起用できるような俳優になったのね。

富裕層の家に忍び込んでは “I Came By“ のスプレーアート(要は落書き)を残して帰る若者が、侵入した判事の家である秘密を目にしてしまう。
「家に」「侵入する」「格差を捉えた」エンタメという点で『ゲット・アウト』『パラサイト 半地下の家族』を意識しているのは明らかなので、やはりそれらに比べるとインパクトや精巧さには欠けて見えてしまう。荒削りな点はあるけど、でも物語上不要ともとれる『ドント・ブリーズ』的なホラー演出で緊迫感は一定ラインを保ってくれるし、他人の(しかも自分とは身分が天と地ほど違う)家に忍び込む緊張に意味があった。

グラフィティアーティストといういわば逸れ者を描いた面白映画だと思っているとおそらくスカされる。やっていることは至極真面目なサスペンスで、ヒッチコックやフィンチャー好きなのが伝わってきた。

判事の白人男性を中心に描かれるのは、社会的強者と弱者の分断という創作の永遠のテーマ。だけど、今作はより上の者が下の者へ向ける視線が強く描写されていた。
人種や貧困や性的指向。ただ生きるだけで「生きづらさ」を強いられてきた人々に対して「選択の自由はあるはずなのに、何を苦しんでいるのだろう」と思ってしまうこと。昨今の日本でも度々話題になる、国家のトップにいるような人間の無意識の歪み。
上が下へ向ける嘲笑の視線であり、上は下を一括りにして「努力していないやつ」と捉えているグロさがあるので、様々なアイデンティティのキャラクターが登場するのは正しい。散漫だとは自分は特に思わなかった。

ドラマで観たかった、という意見には少し同意。40〜50分×6話くらいにはできた気がするので。流れで一気に観られるのが映画の良さではあるけど、一つひとつの要素をもっと深掘りしていけばやりたいことがより伝わったのではないかなと思った。
どんどん話は進んでいくけど、結局この話を誰が収拾させるの?という不安定さだけで引っ張れる脚本。時間のある方はぜひ観てみてほしい作品。自分はかなり好き。

その他、
○ リズ役のケリー・マクドナルドがたまに『ストレンジャー・シングス ~』のウィノナ・ライダーっぽく見える。
○ オープニングの駅。駅係員がアナウンスで物乞いを相手にするなと忠告するが、トビー(ジョージ・マッケイ)はサラリーマンからくすねた金を物乞いに渡す。映画の構造はこの時点で完成している。
○ 中盤の家での会話シーンは冗長だけど、ここでテーマが一気に浮き彫りになる。むしろこのシーンまでは何の他意も無い単純サスペンスだ。
○ Tears For Fearsの『Everybody Wants To Rule the World』。



《⚠️以下、ネタバレ有り⚠️》









○ トビー役は有名な俳優であればあるほど驚けるし効果的だけど、この立ち位置がジョージ・マッケイであることに観客への信頼が見てとれる。開始40分で完全退場。
○ 彼が転ぶところは単体ではギャグ。あの瞬間に緊張の糸がぷつりと切れる。と同時にピンと張る。
○ 劇中の時間の経ち方がイマイチ掴めなかった。もっと短いスパンの話かと思いきや、ナズ(ヴァラダ・セィスー)出産の様子を見るに時間はそれなりに経っていそう。早産だったっぽいけど、それにしても。
○ 終盤まで、ジェイ(パーセル・アスコット)とリズが同列で主役扱いになっている点でハラハラする。ジェイが殺されたとき、物語がやっと確定する。
○ ヘクター(ヒュー・ボネヴィル)が手に負えないシリアルキラーとかではないのがリアル。体力もおそらくは平均的だし、平気でヘマする。事実、トビーも亡命した整体師も一度は逃げられているわけだから。権力だけで人を押さえつけることのできる人間。
○ ラストカットがバチッと決まっている。映画内では何も解決していないけど、全てはここから始まる。前半の最重要ワード “I Came By“ が意味を変えて登場する華麗な伏線。(劇中では無能に描写されていた)警察へ「ここから先はお前らの仕事だ」と指をさす。全てはこのラストのための物語。
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