どど丼

美と殺戮のすべてのどど丼のレビュー・感想・評価

美と殺戮のすべて(2022年製作の映画)
4.4
【2023年アカデミー長編ドキュメンタリ映画賞ノミネート】

写真家ナン・ゴールディンの波乱の人生と、近年のオピオイド危機への抗議活動を並行して描いたドキュメンタリー。アーティストの生涯を描くドキュメンタリーとしては非常にユニークな構成なのだが、それだけオピオイド危機が大きな問題であり、彼女の半生の中でも抗議活動は現在と未来に向けた非常に重要なファクターであるということ。素晴らしい。

半生パートでは、"私写真"の元祖とも言われる彼女の作品がその半生と共に多く映し出されるので、まるで美術館に来ているような感覚を覚える。スライドショー形式の作品も多く、私写真は特に流し"観"向きなので、映画フォーマットが非常に合う。姉の自殺と衝撃の真相、包み隠さないセクシャルな活動と仕事、LGBTQコミュニティとエイズ流行による周囲の死。彼女を巻き込み、巻き込まれる全ての要素が、1人のアーティストの人生と作品を形作っていて、途轍もなく感動した。

そしてオピオイド危機への抗議パート、彼女の人生の中でも最も重要な側面の1つであり、我々が知るべき、かつ後世に遺すべき要素が詰まっている。本問題に対する氏のスタンスと行動が、エイズや薬物によるコミュニティの崩壊と身内の死から通じているのは明らかで、激動の人生を経験してきた彼女だからこそ成し得る事だし、他でもなく氏の作品性にも影響を与えている。公での活動として、オピオイド危機の首謀者たるサックラー家の出資する美術館の一部分を占拠し、オピオイド系の薬のボトルをバラ撒いて死んだように寝転がる…というものが何度も映し出されていたが、どこかアーティスティックでもあるし、これらの美術館の多くが氏の作品を所蔵しているものだから、実際に出資を止めさせその流れを波及させる事に成功しているというのが本当に凄い。彼女にしか成し得ないし、そんな彼女ですら相当な苦難を強いられる不条理。人間の生死を前にしても資産家と公権力が如何に絶大かを思い知る。社会の負の側面を都合よく駆逐しようとする権力者の性質はエイズの流行期から全く変わっていないし、米国全土に止まらず、皮肉にも世界全体に嵌る。

ちなみに「オピオイド危機」とは、米国中で鎮痛薬として処方されて来たオピオイドという物質が、中毒性と過剰摂取による致死性を含むとして多くの被害者・犠牲者を出している…という問題。その製造会社を経営していたサックラー家は長年その危険性を認めず、訴状を揉み消すために会社を破産申請する等、非情な行為を繰り返す大富豪家族。多くの美術館に出資しアート界の経済面を支える彼らに対して、オピオイドの被害者の1人でもあるナン・ゴールディンが先導する「P.A.I.N」の抗議活動を描く…というのがオピオイド危機パートの全容です。現在進行形の問題だし、日本でもガン治療に使われていたりするので、全く他人事ではない。ほとんど知らなかったので勉強になった。

作品性も社会性も高い傑作ドキュメンタリーだった。クロックワークス配給で日本公開も予定されているので、是非多くの方に観て欲しい。
どど丼

どど丼