誤宗黒鳥

福田村事件の誤宗黒鳥のレビュー・感想・評価

福田村事件(2023年製作の映画)
3.8
少し前から本作について色々と聞いて気になっていたので池袋まで行って鑑賞。こう言っては何だが、長めの邦画にしては飽きずに観ることができた。エンドロールまで観客は「スン…」という鼻息以外は物音ひとつ立てずに観ていて黙って帰っていた。そんな感じ。

時代ものというのもあって現代要素が混ざる事による興ざめを心配していたが意外とそれはなく、汽車で村に帰ってきた夫婦と寡婦らと村人達の対面から始まって群像劇がテンポよく切り替わっていく構成はよかった。個人的には20年ぶりに帰省してきた澤田と村長と水道橋博士の幼馴染の面々の話はもう少し掘り下げて欲しかった気もする。その上朝鮮から帰ってきた澤田の経歴は作中ではいろいろあった上でようやく語りだすのであらすじで一番先に書いてあるのは違和感。隠した方がいいんじゃないすか。

村人や行商人一行などはいずれも欠点もあり良い点もあり多面的に描かれていて、彼らが関東大震災という有事に際して虐殺に陥るまでの動向も結果は分かっていても最後まで「意外と冷静に済むんじゃないのか…?」という期待を持たせてくれる。が、その危うい均衡を何が崩すのか、その意外さと崩れた後に一気に極点まで向かってしまう群集心理はよく描けていたと思う。村人は出兵で家族を失っている家も多い中、その決壊の要因になった人物が実は何も失ってなかったのも皮肉である。
そんな感じで事件の中心となった人々がうまく描かれている中、新聞記者だけはどうしても作り物っぽさを感じてしまった。本作の人物達はいずれも差別感情や加害者意識、被害者意識が混合し、当時存在した市井の人々として説得力のある肉付けされていたと思う。だからこそ、記者のセリフは上司のピエール瀧にぶつける正義感にしても朝鮮人の女性が殺された姿を見る、福田村事件の場にやってきた時にもドラマ等でありがちなセリフを並べてしまっている姿は違和感ありあり。そもそも当時の記者の取材は困難であるために架空の人物にしたのだろうが、彼女だけがあまりに作品世界の価値観から乖離した現実離れした作り物にしか映らなかった。逆に世間から叩かれ、あちこちでそれまでの演技を酷評されていた東出氏は色々な意味ではまり役すぎてよかったが(笑)
あと、肝心の大震災時の展開だけはメロドラマ要素が強すぎて笑ってしまった。地震の時に船の上で何やっとんじゃ、そしてそれをちょうど岸辺から見つめる寝取られた人二人…さらにこの二人が関係を持ったら完全に脱線していただろう(笑)ここは敢えて笑いを狙ったのではないかとすら思った。

「子どもの頃は自由でも、大人になったら自由じゃないなら意味がない…」
「朝鮮人だったら殺してもええんか?」
「俺は何のために産まれてきたんじゃ…」

結局村人らが恐れていた「朝鮮人」は行商人団と新聞記者が出会う女性以外全く出てこず、人々が実体を伴わない偏見に基づいたイメージばかりを膨らませて恐れているのは現代も同じ事。人間社会を大きく動かすのはいつでも個人ではなく群衆であって、群衆とは特定の人物ではなく人間の状態でしかなく、本作で表れているような群集心理を嫌悪し、蔑視し、自分とは無関係と思っている人々も陥り得るものだと考えねばこれからもネット、SNSを使ってより大規模に悪化した群衆が発生していく事でしょう。いや、もう起こりまくってますけど。
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