ヤスヤス

全身小説家のヤスヤスのレビュー・感想・評価

全身小説家(1994年製作の映画)
3.7
晩年の井上光晴に密着したドキュメンタリー。初見のつもりだったが、開始早々、昔、観たことを思い出した。「ゆきゆきて神軍」の衝撃が覚めやらぬ頃、たまたま上映会があったので、観たのだと思う。
井上と彼を取り巻く集団の独特の雰囲気は、一種異様に映るが、実際の井上は、かなり魅力的な人物だっただろうことも伝わってくる。小説家でなくとも、セールスマンでも、詐欺師でも、占い師でも、宗教家でも、特定の分野では、何をやっても成功しそう。
途中から自身の語る半生の虚構が暴れていくが、サービス精神が半端ないため、自分にふさわしい過去を創作してしまったように感じる。インタビューでも、誰も井上の嘘を批判的に捉えていないところが興味深い。本作で「フィクションにはリアリズムが根底にないと…」といった旨の発言をしているが、まさにその言葉どおり、自分の人生にふさわしい嘘であったのだろう。
また、全編を通して、埴谷雄高が常識的で良いおじいちゃんに見えるのも面白かったし、葬儀の弔辞で堂々と虚構を語る瀬戸内寂聴の曲者ぶりも面白かった。
長女の井上荒野の作品を読んでみたくなる。
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