全身小説家の作品情報・感想・評価

「全身小説家」に投稿された感想・評価

eigajikou

eigajikouの感想・評価

4.3
嘘つきみっちゃんの小説家人生。
20年以上自分の宿題になっていた作品。
劇場鑑賞の機会を逃し続け…
自分がガンになってからは見るのが辛くなり…
時が過ぎてしまったので
とりあえず録画したのを見た。
井上さんがガン闘病する姿を見て胃が痛くなった。
私は闘病中、治療に耐えるだけで一所懸命だった。
またガンになっても前向きに生きられる自信が全くない…
井上さんは小説家としての命をまっとうされた。
奥さんは大変だったろうなぁ
堊

堊の感想・評価

4.0
紅潮しきった元文学少女たちがカメラに向かって恍惚としながら次々に愛を語るあたりが最高。グロすぎる銀杏の『ぽあだむ』と言ってしまいたくなるけど、やっぱり目が潤んでいるので崇高さも感じた。ラストで皿洗ってる嫁の後ろ姿をそっと捉えているのは俗っぽすぎると思うが、あの奥さんはスラっとしてて普通にかっこいい。どことなく井上光晴と共通言語でやりとりしているさまも愛らしい。長すぎるし真偽もどうでもいいが、とにかく井上光晴の声がたしかに素晴らしいし、老害めいたことを言わない奔放ぶりに愛着を覚える。とにかくいつもの原一男映画らしく出てくるキャラクターがみんな強烈。ラスボス瀬戸内寂聴の眼力に金玉が縮みあがる。動いてる埴谷雄高やべー。
Ryuga

Ryugaの感想・評価

3.6
 原一男による、作家井上光晴の晩年期を追ったドキュメンタリー。と謳いつつも、井上の幼年期(の嘘)をドラマのような形式で再現しており、従来のドキュメンタリーの紋切り型に当てはまらないような作品だった。本作を見るまで作家井上光晴という存在を知らなかったが、批評空間世代よりもひと回りかふた回り上といったところか。あの時代の文人をとりまく空気のようなものが垣間見えた。しかしなぜ「日本で初めて共産党を作った」井上はあんなにもモテて、多くの弟子に囲まれていたのだろうか。コミュニズム・左翼的思想にシンパを感じていた井上がなぜあんなにもモテて、NAM世代の面々はなぜ斯く斯く然々なのか。歴史の終わりか。文人が称揚された最後の時代を見た。
 作品では主に後半から、彼の虚構が徐々に暴かれていくわけであるが、虚構の暴かれと同時に彼が癌に冒され徐々に窶れていく様は、正直あまり見ていて心地よいものではない。しかしながら、井上当人は然程虚構が暴かれることについて気にしていないようにも見えた。それは彼にとって些事なのか、死の恐怖がそれを上回ったのか。あるいは無機物へと還りたいという欲望の顕現か。彼が語る自らの記憶というものが、現実であるか虚構であるか。彼はなぜ、自らを虚構で固めていたのだろうか。虚栄心か、それとも、、。ドキュメンタリーとして私の目に映り込んでくる映像は現実なのか虚構なのか。作家という、ある種虚構をもの語ることが公然と許されている身分のその特殊性というものに気付かされた。
 思うに作家井上は、井上が語る言葉というものは多くの人の日常の言語実践を上回るハイコンテクストによって構成されていたのではないだろうか。日本語は世界の諸言語と比較してもハイコンテクストが求められる言語ではあるが、井上から発せらるる言葉はそれを上回る。そもそも人間存在というものは「はい」と言いながら「いいえ」を行い、「いいえ」と言いながら「はい」をしてしまう矛盾した存在である。言葉も同様にある現象している対象物を指示する段階において、存在と外見の間に差異が生じうる。井上の言葉も、その一つひとつを拾い上げて吟味してみると内容に矛盾があることがわかる。しかしながら、その善し悪しはともかくとして、その言葉の矛盾を比喩であるとして解釈することも可能なのである。井上が語る言葉の背後にある文脈を理解することは、井上という人間存在について知るために必要なのではないだろうか。井上は自らが語る虚構から、何を表現したかったのだろうか。彼が語ったことには確かに多分に虚構が含まれていたけれども、それがなぜ行われたのか、なぜ嘘をついていたのかを考える必要があるだろう。単なる「うそつきみっちゃんやから」という一言で片つけるべきではない。
 どちらが先であるかはニワトリと卵ではあるが、言葉が軽くなってしまった現在において、言葉の背後にある文脈を理解しようとする作業が疎かになってしまっている気がする。子犬が称揚されるようになったのもその表れか。批評が蘇生することはあるのだろうか。
文学者がまだひとつの権威でもあり、尊敬もされていた昭和。小説そのものと作家の生き様が少なからずオーバーラップして論じられる風潮もあった。無頼という言葉も時には実態が伴っていた。というかそうした共同幻想が生きていた時代であったのだ。

この作品はそのような背景や前提無しに観ても、明らかに時間の無駄となるか、あるいは当時の時代状況の1つのサンプルにしかならないだろう。

母からウソつきみっちゃんと呼ばれていた井上光晴は晴れて作家となったが自分の年表もゴマかしてしまうようなウソつきは生涯変わらなかった。

結果的に66歳でガンで死去するまでの数年を追うドキュメンタリーとなったが、そこに映されているのは視線を変えれば、彼の周りの人々も共に同時代にいろいろな思いを抱きながら存在していたという当たり前の事実である。

娘の荒野が後に記すことになる作家でもあった実母と井上の不倫相手の瀬戸内寂聴の姿もそこにある。
naoshi

naoshiの感想・評価

-
いい。見応えしかない。井上光晴が好きになった。健全で全う。埴谷雄高の印象も血の通ったものになった。
coz

cozの感想・評価

3.9

このレビューはネタバレを含みます

メモ
面白かった。
ガンに侵された肝臓を見た。
いま、ああいう男性ってモテるのか??
あの時代だからか??
あの文学サークル、カルト宗教みたいだった。
愛に飢えている人はモテるのか?
何か、原さんが井上さんを馬鹿にしているような気がした。
しかし、権威のある人を馬鹿にするのは痛快である。
てぃだ

てぃだの感想・評価

3.1
「冒険は若者の特権ではなく老年の特権」つったって歳とった頃には金と時間はそらあるかもしれないけど身体がついてこないよなー普通。あと嘘ついてばっかじゃねーかこの作家w口悪い?のに自分の身体のことになると冷静というか静かになるのには笑った。やっぱりみんな何だかんだかっこいい事言っても結局死ぬのは怖いんだなと。
>|