tanayuki

西部戦線異状なしのtanayukiのレビュー・感想・評価

西部戦線異状なし(2022年製作の映画)
3.6
戦争の大義の前では、個々の兵士の来歴も人間性も生き様も希望も、絶望さえも意味を持たず、使い捨てのソルジャーにならざるを得ない。全体の中に個が埋没し、不死身の人間もいなければ、敵を薙ぎ倒すヒーローもいない。死が目前に迫ってるのにどこか退屈で、非日常なのにどこまでも凡庸で、悲惨なのに感情の起伏がどんどん失われる戦争の没個性的、非人間的側面が淡々と描かれる。

西部戦線は第一次世界大戦の4年のあいだ、塹壕戦によってずっと膠着状態が続き、わずか数百メートルの陣地を奪い合うために300万人以上の命が奪われたという。西部戦線はつねに膠着して動きがないから「異状なし」なのかもしれないが、異状なしだからといって、そこが平穏無事に保たれてるわけではない。4年間で300万人ということは、毎日毎日2000人以上の兵士が死に続けた計算なのだから。

休戦協定が結ばれたのにもかかわらず、最後の15分で突撃を命じられ、それに従わざるを得ない兵士の虚しさ。あと数分持ち堪えれば戦争が終わるというまさにその瞬間に命を落としてしまう理不尽さ。そこに意味なんてあるはずがない。これが犬死にでなくてなんだというのか。だが、それが犬死にかどうかなんてことさえ意味を持たない。1700万人もの人が死んだ戦争というのは、それくらい徹底的に個の尊厳を奪いとってしまうのだ。

兵士が顔を持った個人に戻れるのは、戦場を離れてから。亡くなった人は遺族や生き抜いた戦友の記憶の中で血の通った1人の人間として生き続けるし、生き残った人は、自分の意思で何かを選択できる体験を通じて、少しずつ自分を取り戻す。自分の意思で選択できることは、人間が人間らしくいられるための、最低限の条件なんだと思う。

だが、戦争は、個人の自由意志を根こそぎ奪い取り、全体に奉仕することを強要する。そして、個人の側も、自由意思を放棄し、人間的な感情に蓋をして、全体に埋没することを選ばざるを得ない。そうしないと、精神のバランスを保てないから。戦争というのは、個々の生命にとってはそれくらい悪のはずなのに、人類の歴史と切っても切れない関係なのは、なぜなんだろう。誰かがそれを望んでいるから? その誰かって、誰のこと? 為政者だけに責任を押し付ければすむ話? それとも、自分たち1人ひとりの心の中に巣食う闇???

△2022/12/04 ネトフリ鑑賞。スコア3.6
tanayuki

tanayuki