tdswordsworks

理想郷のtdswordsworksのレビュー・感想・評価

理想郷(2022年製作の映画)
4.4
映画を夢中になって楽しんでいたことを証する指標として「ドリンクに手を伸ばすのをどれほど長い間忘れていたか」が有効だとすれば、スペインの田舎で新規就農したフランス人夫婦の視点で隣人とのトラブルの始終を緊張感たっぷりに描く本作を、僕はかなり楽しんでいた。
僕には田舎にIターンした知人友人が多く(さすがに就農したのは一人しかいないけど)、しかも皆教養があり(修士もちらほら)田舎の暮らしを人間科学的/社会工学的に考察しているような人たちであり、本作の設定には妙なリアルさがあった。思えば、僕ら「教養人」が(幼い頃から)最も恐れるのは、失うものが何もないために対話や合理的な判断が通用しない、「善悪の判断が極端」で闘争を厭わない連中だった。終わりのない闘争に巻き込まれて冷静さを失っていく様子の演技・演出がすばらしかった。
話が急転回して以降の冗長さは否めないが、あの人物描写には「時間」の経過が不可欠にも思えるし、娘との「対話」は物語構成において(映画の視聴者が)闘争する夫婦の内面を探るための糸口として雄弁に機能していた。

全体的には取って付けたような詰めの甘い設定も目立つ。特にアントワーヌがこの村に固執する理由がお花畑で理解に苦しんだのは致命的で、物語にちゃんと絡めるとかもっと練られたはず。その違和感さえなければ傑出した映画として生涯の記憶に残る作品たり得たと思う。
tdswordsworks

tdswordsworks