カルダモン

ダムのカルダモンのレビュー・感想・評価

ダム(2022年製作の映画)
3.5
スーダン、ナイル川のほとり。
主人公はレンガ職人の男。土と水を捏ね、型に塗り込み、乾燥させ、焼き上げる。
男は仕事とは別に、村から離れた人目のつかない場所で巨大な泥の像を作っていた。やがてこの像に生命が宿り、男と対話し始める。

映画の前半は半ドキュメンタリー、後半はファンタジーな方向へと流れていく構成が独特。ほぼセリフのない主人公と同じく、映画自体も説明を削ぎ落とした寡黙な作品。その分、土地の生活がじかに伝わってくるような感覚があり、そこから動き出す泥の像は摩訶不思議体験だった。一体これは何だろうという疑問符が楽しい。

都会の方ではクーデターが起こり、政府軍と革命を掲げる民衆たちの間で抗争が激化している。ラジオやテレビやスマホによって、間接的に伝わってくる不穏なスーダン情勢(創作ではなく実際の報道)。遠く離れていても、地続き川続き、ゆっくり流れるナイル川の先で良からぬ何かが起こっている。レンガ工房を取り仕切る雇い主も、おそらく何かしらの煽りを受けている。が、職人たちはその日暮しでいっぱいだ。

ダムで川の水量をコントロールして、止めれば緩やかに、放水すれば急流に。流れてくるもの。流されていくもの。何か巨大な力が働いて、自分の意思とは無関係に動いている世界の存在を感じる。そんな中、泥人形は紛れもなく自身から誕生した生き写しの存在であり、主人公の背中にできた治らない傷口と同じく、泥人形の傷口も乾かない。時には雨にへしゃげて苦しそうに、時には手のような枝を振って楽しそうに。

それでもスーダンの土地は全てを奪っていく。すべてと決別して主人公は川を泳ぐ。ダムが放水する日は泳がないと決めていた男の顔は晴れやかに見えた。


撮影が素晴らしく美しい映画でした。物語は抽象度が高すぎるのでよくわからないのだけど、風景と映像の説得力だけで十分に世界の魅力は伝わってきた。映画は創作で虚構だけれど、見渡す限りの広大な風景や、乾いた風の音や砂埃は紛れもなくその場その瞬間の現実。そしてその土地の風土から物語の枝葉が伸びていて、彼らはここで生きているんだなと感じられる。


余談
東京フィルメックスで上映された本作、びっくりするくらい空席が目立っていて寂しかった。今年は東京国際映画祭と同時期に開催されていたせいで客が吸われたんだろう。予定にはなかったけれど上映前にアリ・チェッリ監督による挨拶と映画の概要説明がありまして、ガラガラの座席が申し訳ない感じになっちゃいましたが、来てくれてありがとう。